12日に行われる「かながわ駅伝」で大和市の監督を務める 刈屋 藤男さん 市内柳橋在住 60歳
虎視眈々、狙う世界記録
○…昨年は、2年間の闘病の末亡くなった、佐藤東哉監督とともに大会に臨んだが、今年は一人でチームを率いる初めての大会となる。実業団所属のエース選手の不在が響くが、若い選手たちを「最後の一歩まであきらめない気持ちを忘れずに」といって送り出す。その眼は監督というより好々爺のように優しく細く刻まれる。
○…生まれは北海道富良野市。冬場は「スキーを履いて通学」するため、自然と足腰が鍛えられた。陸上部に所属はしなかったが、体育の授業や運動会での足の速さを見込まれ、中学では学校対抗駅伝などに駆り出され、高校時代は校内マラソン大会で3年間、3位以内を死守した。大和工業(現ユニプレス)への就職を機に大和へ。昼間仕事をし、少し早めに上がり、都内の夜学(工学院大学)へ。帰宅はいつも夜中だった。「冬はからっ風が冷たくてね。北海道より寒いなぁと思った」と懐かしそうに微笑んだ。大和での生活はすでに40年を超えた。
○…職場には駅伝の全国大会出場経験者などもおり、彼らと一緒に走り始めた。しかしタイム差は中々縮まらない。会社近くの寮に住み、休みの日と夜にしか走らない自分と「通勤ラン」を続ける先輩とでは、絶対的な練習量が違うことに愕然とする。27歳で結婚、寮を出ると、早速「通勤ラン」を開始。月間の練習量は多い時で600Kmまで増えた。少しずつ走りが通用するようになり、東日本縦断(青森東京間)駅伝で県代表に選ばれたことも。
○…ベストタイムはフルマラソンが2時間29分、ハーフマラソンで1時間6分。フルは41歳、ハーフは42歳の時に出した。「遅咲きだったので長続きしたのかな」と自己分析。今でもハーフは1時間22、23分で走る。実は60歳のフルマラソン世界記録を持つ友人がいる。密かに記録更新を狙っていたが叶わなかった。「まだ狙いたい。諦めたくない」。目標を追う目はまだ鋭い。
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