16日開催のヤマトワールドスポーツフェスタで、炬火リレーのアンカーを務める 熊田 康則さん つきみ野在住 55歳
一時代を築いた力
○…2020年の東京五輪を盛り上げようと開催される「ヤマトワールドフェスティバル」。聖火リレーならぬ「炬火リレー」のアンカーとして約100m走った後、火を灯す大役を託された。「他にも五輪にまつわる人いるのにねぇ。俺、走れるのかなぁ」と苦笑い。はにかんだ笑顔には、アイドル並に騒がれた現役当時の面影が浮かんだ。
○…言わずと知れた男子バレーボールのエース。法政大学を経て、富士フイルムに入社。エースアタッカーとして日本リーグ5連覇など、川合俊一さん、海藤正樹さんら日本代表メンバーらと黄金時代を築いた。実業団スポーツが華やかな時代。毎週のようにテレビ中継があった。長身と甘いマスクで注目を浴びた。「騒がれ方が凄いな、とは感じたけれど応援が嬉しかった」と当時を振り返る。1988年のソウル五輪に出場したのが一番の思い出だ。33歳で現役を引退。本社へ異動となった際、つきみ野の社宅に。49歳で早期退職後、そのまま大和に居を構えた。
○…「露出が少ないし、環境も整っていない。裾野が広がっていかないよ」とバレーボールの置かれた現状を嘆く。現在、娘さんがビーチバレーの選手として2年後の東京五輪を目指しており、願いは切実。「大和はママさんバレーも盛んだしビーチバレーの選手も多い。街をあげて盛り上げてくれるといいんだけど」と親心が垣間見られた。
○…現在は中央林間で飲食店『熊の隠れ家』を経営。バレー関係者はもちろん、現役当時のファンが訪れる。「自分は知らないけれど、わざわざ会いに来てくれるのは嬉しい限り」と感謝を口にする。息子さんやそのお嫁さんもバレー選手だった。「家族対抗バレー大会があったらどこにも負けないね」そう言って嬉しそうに目尻を下げた。
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