6月1日にお別れ記念公演を行う交通安全劇場の代表を務める 兼田 智子さん 相武台在住 80歳
これからも青春
○…「期待と不安が入り混じった心境。一生懸命やるしかありません」―。36年という歴史の幕をおろす時が近づいた今、「最後までちゃんとした舞台を」と、稽古に励んでいる。交通安全劇場は、子どもの安全教育のために婦人交通指導員によって1977年に結成された団体。オリジナルの舞台と人形劇で、交通安全の普及啓発に努めてきた。現在のメンバーは5人。自身は演出や人形製作、演技指導を担当している。苦楽を共にした仲間について「愛おしく、誇らしい気持ちでいっぱい。一緒にできて本当に幸せでした」と話す。
○…飛騨高山の出身。実家は呉服屋を営んでいた。芝居好きの祖父の影響で、幼い頃から演劇への憧れを抱いていた。戦争で舞台を見られなくなっても、近所の子どもを集めては、芝居に興じていたとか。高校卒業後、舞台芸術の学校へ進学するために上京。周囲から不安や反対の声があったものの、「何でも助けてもらえる地元にいては、自分が駄目になると思った。1人で歩いていきたかった」と押し切った。大人しい性格だったが、演劇の事になると人一倍意志が強かった。
○…演劇を通じて知り合った夫とは、結婚して約60年。今の趣味は、「夫とのお喋り」と照れながら笑う。午前中から話し続けて、気づいたらお昼過ぎということもしばしば。その一方で、劇については、お互いこだわりが強いため、話すことは少ないという。交通安全劇場の25周年公演を見た夫が、「良い台本だったね。終演後にあいさつしていた団員みんながイキイキとしていた」と言ってくれたことは嬉しい思い出だ。
○…「青春を捨てた時に老いが始まる」を胸に、創立から36年間走り続けてきた。「解散しても、この心を失いたくない」と話す。今後は交通安全劇場の作品を題材にした絵本を使い「何かできないか」と漠然と考えているという。「これからもずっと青春していたい」―。目を輝かせながら語った。
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