厚木版 掲載号:2013年9月27日号
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歴史・芸能を後世に【特別編】 聖火を繋いだ厚高生 1964年 東京オリンピック

文化

 2020年夏季オリンピックの開催地は東京に決定―。9月8日の早朝、日本中が沸いた。東京での開催は1964年以来56年ぶり。前五輪で約10万人の手によって行われた国内聖火リレーに、厚木高校の陸上部員6人が参加していた。

 厚木市代表が任されたのは、10月7日に実施された、国道一号線沿いの茅ヶ崎高校前から上正寺までの32区およそ1・8Km。現在市内に在住・在勤している小俣久さん(当時3年)、小島富司さん(同2年)、首藤二三男さん(同1年)の3人に、当時の話しを聞いた。

トーチよりも繋ぐ重み

 温水在住の小俣さん(67)は、200mハードルで関東大会に連続出場するなど専門は「短距離」。しかし任されたのは約20人の先頭を切るトーチ走者。「トーチの重さよりも、途中で消えたらどうしようという心配でいっぱいだった。次の走者に渡したとき、ほっとしたのを覚えている」と苦笑い。

 ユニフォームや友人お手製の速報は今でも宝物。完走後に感じた「トップになれなくても自分のできるもので頑張ればよい」という気持ちは、その後の小学校教員生活で生きた。

心の揺れ今でも鮮明

 小島さん(65歳・飯山在住)がランナーに選ばれたとき、真っ先に浮かんだのは九州への修学旅行と日程が重なっていたこと。「先生から来年九州で行われるインターハイに出場すれば行かれるよと言われて」。このときの心の揺れは、今でも鮮明に覚えているという。

 そんな中で親友の高橋順一さん(当時2年・故人)と迎えた当日、沿道いっぱいに広がる日の丸の小旗と声援の波が、葛藤を吹き飛ばしてくれた。「聖火リレーに参加したことは誇り」

聖火リレーは別物

 愛川町代表を務めた首藤(旧姓井上・65歳・旭町で勤務)さん。高校の中庭での壮行会が今でも良い想い出だ。「1年生だから、皆の前で大人しく立っていた。恥ずかしかった気持ちもあったのかな」と目を細める。

 15歳から毎年「愛川町一周駅伝競走大会」に出場し、ロードには慣れていたものの、聖火リレーは別物だった。「大声援を受けて走るのは気持ちが良かった」と懐かしむ。国立競技場で聖火を見ながらの競技観戦は盛り上がったのだそう。

 7年後の東京五輪。想い出は三者三様だが、願いは1つ。未来を担う子どもたちに聖火ランナーを務めてもらうことだ。自分たちと同じように、若い世代の活力になって欲しい―。当時の写真と変わらない、輝く瞳が印象的だった。

※当時の写真・資料提供/小俣久さん
 

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