凧揚げと言えば、今では少なくなってきたが、正月が一般的。かつては子どもの健やかな成長を願って、端午の節句にも凧揚げがされてきたという。明日5月5日の端午の節句を前に、市内の凧揚げの風景を取材した。
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数々の鯉のぼりが雄大に泳ぐ恩曽川地蔵橋脇の田んぼでは4月21日、恩曽川をきれいにする会(関口正昭会長)と玉川せんみ凧保存会(前場政行会長)の協力により、せんみ凧が揚げられた。
せんみ凧とは蝉を模した凧で、伊勢原市の大宝寺発祥の郷土玩具。前場会長によると、伊勢原から七沢に嫁いできた人が厚木に広め、1932(昭和7)年頃から近隣で作られているという。
近年凧揚げをする子どもが少なくなっていることから、凧に親しんでもらおうと今年初めて行われたもの。午前中のみの開催だったが、15人ほどの子ども連れが凧揚げをし、帰りにはプレゼントされた凧を大事そうに抱えていた。
当日子どもたちを見守っていた、南毛利地区自治会連絡協議会の山口泉会長宅に、古い写真が残っていた。地域で初節句を祝い凧揚げをしていた51(同26)年の写真=写真上=だ。「当時、温水は農耕地帯だった。楽しみも少なかったから、みんなでやっていたんだろうね」と目を細めた。
大人も魅了
4月3日には、市内三田、中津川脇のれんげ畑で、高崎好正さん(下荻野)ら3人が凧揚げをしていた。相模の和凧と呼ばれる、竹の骨組みと和紙に武者絵を描いた手製で、大きさは6尺(約180cm)。米粒ほどに見えた凧は、120mほど上空まで揚がっているという。
30年ほど前に、昔を懐かしんで作成したのがはじまり。誰に教わるのでもなく、試行錯誤を重ね今まで数えきれないほどの和凧を作ってきた。「すぅーっと真っ直ぐに揚がって、下ろす時も真っ直ぐに下りてくるのがいいねえ」と、切符の良い話し方で理想の凧を語る。20個作って1個あれば良い方だとか。
「この張りがたまらないんだよ」と握らせてくれた凧糸は、遠目では多少のたわみを保ちながらも、体を持っていかれそうなほどの力でぐいぐいと引っ張られていた。「凧好きが集まって暇さえあればいつも揚げているよ」とにっこり。端午の節句には「上は赤、下は緑のツートーンで太陽と大地を表したものを昔は揚げていた」と話す。
隣の相模原市や座間市では今日5月4日と明日5日に、大凧まつりが開催される。
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