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埼玉西武ライオンズ秋山翔吾選手 少年時代も安打製造機 当時の育成者たちが語る

掲載号:2016年1月1日号

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横須賀市からスポーツ大賞を授与された大津出身の秋山選手(右)
横須賀市からスポーツ大賞を授与された大津出身の秋山選手(右)

 今季のプロ野球でシーズン最多安打記録を更新した大津町出身の秋山翔吾選手(27)=埼玉西武ライオンズ=。先月21日には市から「横須賀市スポーツ大賞」を授与された。同賞の授与を受けて「馬堀の海を見ながらランニングした思い出の地」と話すなど学生時代を過ごした地元愛を披露。横須賀でどのように育ち、後に日本一のヒットメーカーとなる礎を築いたのか、当時を知る人々に話を聞いた。

亡き父の”夢”

 「ボールを初めて握ったのは生まれてすぐ」と話すのは同選手の両親と数十年来の付き合いで後援組織代表を務める元教諭の大場智和さん。追浜高校で元球児だった父・肇さんは常々「息子をプロ野球選手にさせたい」と言っていたという。小学1年生でソフトボールチーム「スネークス」に入団。4年生時には、肇さんが当時田浦中で陸上部顧問を務めていた大場さんに「息子を鍛えてくれ」と依頼。中学生と一緒に練習を行った。「中学生に走りで負けるのは当たり前なのに悔しがってた」と当時を振返る。

 5年生時には軟式野球チーム「湘南武山フェニックス」に入団。「非凡なものを持っていた」と話すのは代表の水戸弘さん。1塁に出塁すれば、2塁、3塁まで盗塁、センターからの送球では油断しているランナーを強肩で刺していたという。その才能を更に磨くため、練習後は欠かさず父と特訓を積んでいたが、6年生の時に肇さんは胃がんで帰らぬ人となった。多感な年頃だったが、弟、妹がいる一家の長男として気丈に振る舞っていたという。

 大津中では陸上部に所属し休日は横浜のシニアチームで白球を追った。当時、陸上部顧問だった外村公一さんは「手足が長く柔軟性もあり、タイムも良かったので陸上に専念しないかと声をかけたが断られた」と苦笑する。野球で疲れていても平日の厳しい部活を一日も休まなかった「努力家」のイメージがあると話した。

 その後、横浜創学館高校、八戸大学を経て、西武ライオンズに入団。自分の夢、そして父の夢を叶えた秋山選手。偉大な記録を打ち立てたことで大場さんは「天国のお父さんも喜んでいると思う」

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