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横須賀版 公開:2018年6月22日 エリアトップへ

阿部志郎の日々雑感 第5回 命の話その2

公開:2018年6月22日

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阿部志郎(91)日本の社会福祉事業者。32歳で社会福祉法人横須賀基督教社会館の館長に就任し、以後50年間、地域福祉や教育の現場で尽力。戦後社会福祉のパイオニア。
阿部志郎(91)日本の社会福祉事業者。32歳で社会福祉法人横須賀基督教社会館の館長に就任し、以後50年間、地域福祉や教育の現場で尽力。戦後社会福祉のパイオニア。

 第4回に続き、刑務所での講演で話した内容です。

 前回までは「いただきます」ということに対する考え方が変わってきてしまっているということをお話ししました。今回はその原因についてお話しします。


 いつ変わってしまったのでしょうか―。要因は近代になって2つあります。

 ひとつは戦争です。私が軍隊にいる時、上官に言われました。「兵隊は、紙一枚の召集令状で何人でも集められる。しかし、馬は買わなければならない。軍馬を大事にしろ」。そう教育を受けました。戦争の時に国が掲げたのは一億玉砕、国体保持という言葉です。アメリカと戦って国民全部死んでもいい。国体さえ残れば。国体というのは天皇制です。人間が道具であり、手段であり、消耗品でした。命を粗末にしました。

 もう一つは経済成長。日本が戦争に負けて、10年間貧しい状況が続きました。そこからようやく復興した節目が、私の理解では昭和33年。東京タワーが立った年です。東洋一の高さ333m。長嶋茂雄が巨人軍に登場したのもこの年です。背番号3。なぜか3に因縁のある年でした。この年、日本が初めてアメリカに車を輸出しました。小型車です。アメリカにもっていたら、高速道に乗れませんでした。乗ってもすぐに故障してしまったからです。持って行った車は「トヨペット」。アメリカ人はこれを何と呼んだか、「トイペット」と呼びました。おもちゃだと笑ったわけです。日本は改良を加え、毎年輸出台数を伸ばしていきました。1年に240万台輸出したこともありました。飛ぶように売れていったのです。やがて貿易摩擦を起こして自主規制をしました。玩具のような車から、飛ぶように売れる車へと発展するのに要した時間は20年。この20年という速さ、短さを「高度経済成長」、わざわざ”高度”をつけて表現しました。その時代に学校で起きていた問題がありました。中学生がお昼の弁当を持ってきますね、そこで弁当に箸を持ってこない生徒が広がっていました。箸なし。弁当にそのままかぶりついたのです。まるで動物が食べるようなので、「イヌ食い」と呼びました。食事というのは人間の生きる手段です。「イヌ食い」というのは、食べるという行為が目的化します。それは生きる意味を失うということです。


 「いただきます」という言葉について、横須賀で一つ問題になったことがありました。保護者から「給食費を払っているのに、どうして『いただきます』と頭を下げなければいけないのか」とクレームがついた学校がありました。こういった問題が起こるのも、時代の変化だったのでしょうか。何かを見失ってしまったのです。
 

 昔は夕陽を拝みました。西方浄土を持った。今はお日様を拝む人はいません。悪いことをしないように「お天道様が見てるよ」と我々は教わりました。「お天道様が見てるから、悪いことをしちゃいけない。人間の中に聖なる領域が存在したのです。「なにごとのおはしますかはしらねども かたじけなさに涙こぼるる」西行法師の歌です。西行が伊勢神宮を訪れた時に、「誰がいるかはわからないが、そのありがたさに涙がこぼれる」ということをうたったものです。価値観が変わってしまったのでしょう。

 戦後「人権」という言葉が登場しました。人間の権利。ところが人権というのは、自分の権利という意味本来は「人格の尊厳」という意味です。この人格をスピリットと言います。WHO(世界保健機構)が健康の定義を示しています。身体的、精神的、社会的に快適な状態をいいます。単に疾病がなければいいというというものではありません。有名な定義です。ここに、WHOは「スピリチュアル」という言葉を加えようと、各国政府に提言しました。日本政府は困惑しました。なぜならば、「スピリチュアル」という言葉が日本になかったのです。訳せない。メンタルという言葉を精神と訳してしまったため使えない。霊的と訳されていますが、日本字は幽霊を思い浮かべてしまいます。その提案は今もそのまま保留になっています。

 スピリットとはなにか―。

 聖書にある言葉で、神様が人間の鼻から命を吹き込み、人間を「生ける者」としたことです。これがスピリットです。日本にはそういう概念がなく、困っているのです。

 「地球上のひとり一人が生ける者として生命を全うする」―これを忘れないでください、と刑務所でお伝えしました。
 

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