三浦版 掲載号:2013年6月7日号
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三浦の散歩道 〈第40回〉 みうら観光ボランティアガイド協会

高抜の磯 海底に伸びる南下浦断層と思われるものが見える
高抜の磯 海底に伸びる南下浦断層と思われるものが見える

 白山神社に「星祭り」という行事があると言われています。人々は「持って生まれた星(本命星)」があり、それを礼拝することで福徳円満、願望成就が叶うというのです。さらに、この神社に付随した行事に「あめや踊り」があります。しばらく途絶えていましたが、菊名の人々によって見事に復活しました。かつては関東の一円で行われていたようで、名称も「豊年踊り」とか「万作踊り」などと呼ばれていたようです。 「飴屋踊り」は江戸時代の街頭で、飴売りが人寄せのために歌舞を演じたのが始まりと言われ、かつては上宮田や松輪、鎌倉材木座でも行われていたとのことで、現在は長井とこの菊名だけと言われています。ここでは「手踊り系」と「芸居系」(段ものと呼ばれ、歌舞伎を取り入れたもの)を上演しています。このところ、毎年10月の下旬に、白山神社下の広場に掛小屋を設けて上演されています。昭和51年に神奈川県の指定無形民俗文化財に登録された白山神社の奉納芸能として演じられています。地元、菊名の女性の方々の演技力も仲々のもので、一見の価値があります。

 菊名を後にして、高抜の海辺から金田へ歩を進めます。海へ出て見ますと、海に面した崖ののり面に断層を示す露頭があると言われます。海底に伸びる南下浦断層があるというのです。この辺りの海岸から台地にかけて、横ずれ断層により生じた初声層のすき間に宮田層が流れ込んで堆積した可能性があるのだそうです。しかし、海は静かです。潮の引いた砂浜で「さくら貝」と思われる貝片を拾いました。

 再び、県道上宮田、金田、三崎港線に戻って歩いていきますと、道の側面に、崖をやゝ掘削した形で、庚申塔三基と文化5年(1808)辰との銘がある「奉納諸国順礼供養塔」がありました。この辺りの標高は7・7メートルとあります。かつての「南下浦町役場」があったのでしょう。京急バスの停留所名が「役場下」とあります。懐かしいですね。しばらく進むと、「海を見下ろす高台の宿」と書かれ看板が目に入りました。県道をさらに金田へ向うと、赤い幟と小さな屋根が見えました。近づいてみると、「お地蔵さま」が祀られています。「交通安全守地蔵」とあります。背後に「馬頭観世音菩薩供養」の文字もあります。

 県道から右へ斜めに入る道を進んで行き、三叉路を右へ進むと、立派な山門が見えます。平成22年11月に、「法然上人八〇〇年大御忌記念」と石に刻まれています。浄土宗で金田山地蔵院円福寺の山門です。参道入口には「地蔵尊霊場」の文字が刻まれた石柱があります。
 

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