県立逗子高校(林康弘校長)の2年生4人が今後の復興支援を考えるきっかけにしようと先月21日から3日間、被災地の岩手県山田町の山田高校を訪問した。今夏に被災地と逗子を結ぶ目的で開催された「三陸―湘南フェニックスキャンプ」(SSPC)が縁で企画されたもので、4人は震災から8ヵ月経った被災地の現状を実感。本紙では今回の訪問で感じたことや今後必要な復興支援のあり方について語ってもらった。
―まず今回の訪問のきっかけになったSSPCについて簡単に教えてください
宮田―被災地の高校生を逗子に招いて部活などを通して友好を深めようというもので、夏に山田高校の野球部と吹奏楽部33人と練習試合や演奏会などを行いました。それでその後、復興に向けて頑張っている高校生や住民の人たちの姿を実際に見て、自分たちが今後できる支援を考えようということで学校を代表して僕たちが訪問してきました。
―今回の訪問はどのようなルートで現地まで行ったのですか
菅原―山田高校の生徒と同じようにバスで現地まで行きました。0泊3日の車中泊で時間の限られた中での訪問でした。
―まず現地に行って印象だったことはありますか
小湊―8月に交流した仲間たちが前会った時よりも元気になっていることはまずは安心しました。でも被災地の防波堤や家が流されているところを実際に見るとやはり衝撃的で、津波の怖さを改めて実感しました。
廣木―町に着いてからは名産の牡蠣をただいたのですが、その美味しさには驚きでした。復興支援の面からももっと多くの人に食べてほしいなと率直に思いました。
―仮設住宅を見学したそうですね
菅原―仮設住宅が設置されている場所はひとつの地域にすごくたくさん建っていて、こんなにも多くの人が家を流されてしまったのかと思うと胸が痛くなりました。
廣木―それに今の時期岩手はすごく寒くて。仮設住宅の中はすきま風や底冷えするなど決して快適な環境じゃなくてあの状況の中仮設住宅で暮らさなくてはいけない人たちは本当に大変だと感じました。
―先ほど少し話に出ましたが、被災地の人たちは今どんな様子でしたか
菅原―久しぶりに会った山田高校の吹奏楽部のみんなが元気そうだったのが何よりでした。今回は私たちだけが代表で行きましたが、いずれまた吹奏楽部みんなで山田町に行って、またSSPCのときのような合同演奏をしたいと思いました。
宮田―山田高校の野球部員とはSSPCの後、それぞれがどう変わったかということを話し合いました。むこうの部員からは「逗子で元気をもらえて部活にも活力がでた」という意見をもらえて嬉しかった。「逗子にまた行きたい」という言葉が多かったのも嬉しかった。
―訪問を通してなにか気づいたことはありますか
小湊―最近ではメディアに流れる被災地の情報が段々減ってきて震災に対する関心が薄れてきていると感じます。でも被災地には家族を失った人がいて、仮設住宅で暮らしている人がいて、まだ復興しきれていないということを実感しました。
廣木―私は自分が実際に感じたこととメディアの情報が必ずしも同じではないという感じもしました。今回の経験で感じたこと、受け取ったことを多くの人に伝える必要があると思います。
―では最後に今後の支援をどのようにしていけばいいと思いますか
宮田―募金などの支援ももちろん大切ですが、僕たちにお金の面での大きな支援はできません。やはり自分たちの経験を自分たちだけで終わらせずに一人でも多くの同世代の高校生や大人たちに伝えていくことだと思います。
菅原―私も直接的な支援はできなくても、応援する姿勢や言葉が支えになるように思います。山田町は今ひとつになって復興を進めていますし、その頑張ろうという気持ちをそっと後押ししていければと考えています。
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