2012年ロンドン五輪日本代表で、全日本テニス選手権で08年09年、2年連続優勝などの数々の輝かしい経歴を持つプロテニスプレイヤー、添田豪選手(36)。現在も4大大会(グランドスラム)に出場するなど、東京五輪も視野に現役でプレーしており、今後の活躍にも期待がかかる。市立小糸小学校、大庭中学校を卒業後、青春時代を過ごしたのが藤沢翔陵高校。どのような高校生活を過ごしたのか。当時の思い出を語ってもらった。
◇ ◇ ◇
――全小、全中で優勝と小中学生の時から輝かしい成績を残し、名門校からのオファーもあったと思います。中でも藤沢翔陵高校を選んだ理由は。
「近くの荏原湘南スポーツセンター(SSC)でずっと練習をしていて、高校でもSSCで続けたかったので、翔陵高校に進学を決めました。他校からのお声掛けもありましたが、元々決めていたので迷うことはなかったですね」
――部活動は。
「SSCがメインでしたが、テニス部にも所属していました。遠征やインターハイ、全国選抜などの試合に行って、みんなで泊まったのは楽しい思い出です。当時は、1つ上、2つ上の先輩たちが層も厚くて強くて、全国大会にも4年連続で出ていたので、翔陵の名は知られていたと思います。今でもテニスに関わっている人が割と多くて、試合会場などで会ったりします」
――顧問の先生は。
「亀田(昭彦)先生でした。今でも応援してくれています。競技経験がない先生だったのですが、テニスに対して熱い先生でした。今でも翔陵高校にいらっしゃって、お会いできるのでうれしいです」
――学校生活はどうでしたか。
「シャイなので、目立ちたがりではなかったですね。テニスの表彰で目立つとかはあったかもしれないですが、キャラクターで目立つことは特になく、普通でした」
――交友関係は。
「テニス以外でも駅伝とかスポーツをやっている人が多かったので、スポーツを通じて仲良くなった友達が多いです。今でもご飯を食べたり、遊べるような友達ができたっていうのは、翔陵に入って良かったところ。テニス部では、海に行って花火をしたこともあります」
――印象深い思い出は。
「当時は体育祭の代わりに全校生徒で行うバレー大会があって。それは結構おもしろかったですね。素人なんで、もちろん勝てないんですが、盛り上がってました」
――高校周辺で思い出の場所は。
「この辺りは坂が多いので、トレーニングの一環で、大庭大橋など周辺の坂で走ってました。きつかったですね。高校やSSCには大庭の自宅から自転車で通っていたので、自然と鍛えられていたかもしれないですね」
――今は町田市にお住まいとのことですが、藤沢にも来られますか。
「たまにSSCに戻ってきています。月によりますが、月2〜3回くらいのペースで。実家もありますしね。あとはテラスモール湘南に子ども連れてったりすることもあります」
――最後に夢を追いかける若者たちにメッセージをお願いします。
「1回の失敗で挫折しないで、何回でも目標に向かってチャレンジし続けることが大事だと思います。受験やプロのスポーツ選手を目指すことでも、何回でもチャレンジする機会はある。その時の運もあります。だからこそ、すぐ諦める必要はない。人生は何回でも、やり直しがきくと思います」
「僕は割と国内では順調に勝って、プロになれましたが、海外に行った時は、なかなか最初は勝てなくて。そこで厳しい世界だなって。大人になってから自分で『がんばる意識』を培いました。テニスはやっぱり世界で勝たないとプロ選手としては、成功とは言えないので。翔陵を卒業して早めにプロになって気付けたのは、大きかったです」
■84年生まれ/同校卒業後、18歳でプロ転身。GODAIテニスカレッジ所属。
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