東京辰巳国際水泳場で3月19、20の両日に実施された東京都マスターズ水泳競技大会。85歳から89歳の区分において、200m個人メドレーで世界新記録を樹立したのが、遠藤在住の下野育朗さん(84)だ。過去にも年代ごとに幾度も新記録を生み出してきた。「世界新を更新した回数?10回以上だと思うけど覚えてないんだよね」。快挙を気にもとめず、さらりと言ってのける。
「変わることを恐れず」
マスターズ水泳では、暦年齢(競技会開催年の12月31日現在の年齢)が基準となる。今年85歳になる下野さんは、200m個人メドレーで3分40秒03の記録を樹立。これまでの世界記録を1秒8、日本記録を8秒17も上回る驚きのタイムを叩き出した。
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三重県の出身。伊勢湾を望む現在の熊野市で生まれた。「家から50mくらい先に防波堤があって、その向こうに川。その奥に砂浜と海が広がっていた」。泳ぎを覚えるのは必然だったのかもしれない。海と川が幼い頃から父や友人たちとの遊び場だった。
ただ、そんな環境が仇になる出来事が起こる。1944年に発生した東南海地震だ。折しも第二次世界大戦の最中、父親は出兵、母親は出産のため家を離れていた。小学校1年生だった下野さんは、まだ幼い妹の手を引いて家の裏の高台に避難。命は助かったものの、津波により家財一式が全て流されてしまった。
「それでも海や水を嫌いになることはなかった。恵みの海、思い出の海だからね」
その言葉通り、地元の高校に進学すると水泳部に入部。水に入れるのは夏場だけで、それ以外はもっぱら走り込みに費やした。もともとの素質に地道な練習が実を結び、1年生で国体に出場。続く2年生、3年生でも国体選手に選ばれ続けた。
しかし、早稲田大学進学を機に上京すると、泳ぐ機会が全くなくなった。藤沢市に移り住んだ後も、海水浴にすら足を運ばなかったという。
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転機となったのは60歳の定年。「ひまつぶしを探さなきゃ」。そう考えていた矢先、自宅近くの秋葉台体育館にプールが完成した。
「久しぶりに泳いでみるか」。約40年ぶりに訪れたプール。勘を取り戻すのに時間はほとんどかからなかった。そうなると選手時代の血が騒ぐ。練習再開後わずか1年、出場した大会で表彰台に。以降、本来の負けん気に火がついた。
競技会は持ちタイムで泳ぐ順番が決まる。同世代の出場者より速いタイムを持つ下野さんは、自分よりも若い選手と戦うのが常だ。「それはとても幸せなこと。一緒に泳ぐことが勉強になるからね」。自分よりも速い選手がいれば泳ぎ方を観察。時には話しかけてアドバイスを求める。変化することに恐れはない。「速く泳げるなら何でも取り入れるよ」と屈託なく笑う。
70歳からは4泳法で競うメドレーにも挑戦。その過酷さゆえに勝者は「キングオブスイマー」と呼ばれる。その称号を得るため、現在も週4〜5日、プールで1時間以上泳ぎこむ。「ライバルは世界中にいる。丈夫に生んでくれた両親と支えてくれる妻に感謝して90歳まで挑戦したいね」
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