鎌倉版 掲載号:2012年3月2日号
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市の指定文化財に4件 三尊像は運慶派仏師の定慶作風に酷似

文化

阿弥陀如来及び両脇侍像(上)今小路西遺跡出土の墨書木札(中)堆朱龍花文長盆(左下)絹本著色羅漢図(右下)
阿弥陀如来及び両脇侍像(上)今小路西遺跡出土の墨書木札(中)堆朱龍花文長盆(左下)絹本著色羅漢図(右下)

 市教育委員会は先月17日、2011年度市指定有形文化財として4物件を発表した。彫刻の「阿弥陀如来及び両脇侍像(りょう きょう じ ぞう)」には、制作時期を示すものと思われる墨書が記されており「非常に珍しい」と関係者は話している。

 今回指定されたのは、「絹本著色(けん ぽん ちゃく しょく) 羅漢図」(円覚寺)「阿弥陀如来及び両脇侍像」(以下三尊像、常楽寺)「堆朱龍花文長盆(つい しゅ りゅう か もん なが ぼん)」(鎌倉市)「今小路(いま こう じ)西遺跡出土の墨書木札」(同)の4件。1月の市文化財専門委員会(松島義章会長)の答申を受け、市教委が告示、発表した。

 三尊像の台座には、制作時期とみられる「行西 仁治三年六月十二日」の墨書があり、市教委は、「年代が特定できるものは非常に珍しい」と話す。

 専門委員で、清泉女子大学の山本勉教授(日本彫刻史)によると三尊像は、鎌倉時代中期の有力な運慶派仏師定慶(じょう けい)のものとみられるという。理由として、定慶の作である鞍馬寺(京都府)の「聖(しょう)観音」に顔が似ていることや、当時の資料に幕府執権、北条泰時の周りに定慶らしき人物がいたとされることなどを挙げた。

 また墨書にある6月12日は、北条泰時の出家33日後、死去の3日前にあたる。赤痢に侵された泰時が自身の死を予期し出家。それに前後して三尊像が制作されたのではないかと考えられる。

 翌1243年には鎌倉大仏(高徳院)の前身である木造大仏が造立されており、「鎌倉の仏教が北条泰時によって広く展開され、それに定慶が深く関わっていた可能性が大きい」(山本教授)という。

”警護当番表”も

 「絹本著色 羅漢図」は室町時代の作とされ、元時代の羅漢図を原本にしたものとみられる。

 「堆朱龍花文長盆」は南宋時代の彫漆作品。伝来経路は不明だが、この時代の現存作品は世界でも57点しか知られておらず、「同品のように状態の良いものは珍しい」と市教委。

 「今小路西遺跡出土の墨書木札」は、針葉樹の板目材に墨書で9人の名前や勤務の注意などが記されたもので、市内御成町171番付近で出土。調査地の無量寺ヶ谷は御家人安達氏の屋敷があったとされ、人名のほとんどが同氏の家臣とみられることから、屋敷関連の警護当番表とみられる。

 今回の指定で市指定文化財は296件となり、国宝15件や国・県の重要文化財を合わせると全体で579件となる。
 

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