鎌倉のとっておき 〈第52回〉 鎌倉花物語
ここ鎌倉は、春は梅や椿、夏は紫陽花や蓮、秋は萩や竜胆(りんどう)、冬は紅葉(もみじ)と、1年を通して訪れる人を楽しませてくれる。そこに鎌倉文士が描いた花や、古(いにしえ)の武士とのゆかりの花が彩(いろどり)を添えている。
まずは木蓮(もくれん)。円覚寺の木蓮について、大佛次郎は『帰郷』の中で「夕日をあびて満開の白色の木蓮の花」「花びらの厚く豊かな木蓮の花」と白く咲き揃った姿を描いている。
次に海棠(かいどう)。妙本寺の海棠について、小林秀雄は『中原中也の思い出』の中で「こちらに来て、その花盛りを見て以来、私は毎年のお花見を欠かした事がなかったが(中略)晩春の暮方、二人は石に腰掛け、海棠の散るのを黙って見ていた。」と在りし日を綴っている。
そして山吹(やまぶき)。英勝寺は室町時代に江戸城を築いた太田道灌の旧居跡だが、ここに咲く山吹には道灌にまつわる逸話が残る。鷹狩りの際、にわか雨にあった道灌が民家で蓑を借りようとしたところ、その娘は一輪の山吹の花を差し出したという。
道灌は意味が分からず憮然としたが、後になって娘が「七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞ悲しき」(後拾遺和歌集)との和歌にかけ、貧しくて蓑(実の)ひとつないことを奥ゆかしく答えたものと知り恥じ入ったという。
四季の移ろいとともにその表情も豊かな古都鎌倉。まちを彩る花々は、ここに集う人々の心に潤いと安らぎを与えてくれる。 石塚裕之
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