小田原版 掲載号:2014年9月20日号
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被災地レポート 3年半経てなお続く絆 福島県の3市を訪問・上

社会

作業はにぎやかに進んだ
作業はにぎやかに進んだ

 東日本大震災から3年半が過ぎた今も、小田原と被災地は繋がっている。2014年9月7日、福島県二本松市、南相馬市、相馬市を訪れ、現地を取材した。

 訪問の目的は、小田原城北工業高校デザイン科の生徒たちが作った看板を届けること。看板は、復興を始めた被災地にエールを送ろうと同校の1年生有志11人が、6月から製作していた。

 製作のきっかけは、城北工高の非常勤講師で、震災以来、現地の要望を汲んだ支援物資を被災地に届けている北村千波さんの呼びかけから。北村さんは、訪れる度に少しずつ変化していく現地の様子や人々の生活を生徒たちに伝えてきた。

 「見ると元気が出るような、人が集まる目印を作っては」と北村さんは生徒たちに提案。11人は「先生に生の被災地の様子を聞き、これが復興の手伝いになったらと思った」(真鍋芽生(めい)さん)、「震災当時は募金しかできなかったが、今の自分にできることを、と思い参加した。現地の人が喜んでくれたらうれしい」(門松沙姫(さき)さん)と、想いを込めた。

養蚕復活で踏み出す復興への一歩

 看板は7月下旬、相馬市内で水産加工業を営む高橋永真さんの加工場と、同市中心部の復興商店街「報徳庵」に届けられた=写真左下。今回は、南相馬市小高区の「あすなろ交流広場」と二本松市の「建設技術学院跡」仮設住宅に、計3枚を届けた。あすなろ交流広場は、福島第一原発から約15Km。避難指示解除準備区域内にあり、今は人の気配もまばらな小高で、かつて盛んだった養蚕業を復活させ、復興の足掛かりを作ろうと、地元主婦らが集う場所だ。

 NPO法人「浮船の里」理事長の久米静香さんを中心としたメンバーが、震災後手つかずになっていた桑畑を借り、蚕を育て始めたのは3月。手をかけて育てた蚕たちは8月、苦労の甲斐あり、繭玉になった。

 メンバーは毎日のように織り機に向かい、コースターやランチョンマットなどを「この時ばかりは無心で」織る。織り上がった製品は「小高天織(ており)」の名がつけられ、久米さんたち自らが、被災地の現状を伝えつつ、販売を行っている。

 震災後、本市の産業まつりに毎年出店している「相馬はらがま朝市クラブ」の一角に、「小高天織」が並ぶ予定だ。
 

「報徳庵」で看板を囲む北村さん、高橋さん、押田一秀さん(左から)
「報徳庵」で看板を囲む北村さん、高橋さん、押田一秀さん(左から)
織り機に向かう久米さん
織り機に向かう久米さん

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