25歳で結婚し、30代後半で授かった待望の子宝。高校の英語教師として教鞭をとりながら、子育てに関わりたい気持ちが強く、異動希望調査で出勤時間が午後の「定時制」を選択した。
希望が通り、命じられた平塚商業高校の定時制勤務。念願が叶った喜びの裏で、実は戦々恐々ともしていた。定時制には不良少年や不登校経験者など、かつて問題を抱えていた生徒も多いと聞いたからだ。
不安を覚えつつ、いざ始まった第二の教師人生。それは、抱いていた教育概念を覆すものだった。「先生に不信感をもつ生徒が多く、まずは『よく学校に来たね』から始まる。授業態度は目をつぶるしかない」
一方、教育現場に漂う成果主義の風潮に疑問を感じる自分もいた。「大事なのは成績だけじゃない。良い大学へ合格させることだけにとらわれて生徒を型にはめては、個性をつぶしかねない」。そんな考え方が、定時制で求められる教育スタイルに合致する。「1対1で向き合えばどんな生徒も心を開き、関係が築ける。良くも悪くも彼らは自分に素直。学ぶことも多かった」。スマートではないが人間臭い教師生活。9年前の異動でも定時制を希望し、小田原高校へ赴任した。
中学時代の陸上部顧問は、大学卒業まもない男性。部活後も恋愛や人生相談に応じてくれた。「教師と自由に交わる環境を与えてくれた方。それが目指してきた理想の教師像かな」。定時制で過ごした時間は、教師歴の半分を超える21年。定年で教壇を降りる日は、いよいよ目前に迫ってきた。