7月1日付けで新しく副市長に就任した 時田 光章さん 市内本町在住 61歳
信念を胸に奔走
○…地下街、芸術文化創造センター、お城通り再開発のいわゆる”3大案件”が大きく動いている最中での副市長抜擢。「責任は重いが使命と受け止め、議会とは心を割った話をしていきたい」と表情を引き締めた。「小田原に必要なのは『まちの表情づくり』。羽田空港から最も近い城下町の再生は、2020年のオリンピック・パラリンピックに向けても大きなチャンス」と、自ら先頭に立って推進していこうと意欲的だ。
○…市内本町に生まれ、育つ。最盛期には300人の芸者で華やいだ宮小路の「髪結さん」を祖母に持ち、鬢(びん)付け油の匂いと三味線の音色がBGMだった。城山公園では竹製のスキーで草地を滑り、米神の海では素潜りに興じる元気な子どもだった。「生まれ育った街のために働きたい」と高校の時に市役所への奉職を思い立つ。夢と希望に向かっていたが「友人には、お前は公務員には向いていない、と言われました」と苦笑い。大学卒業後、夢を叶え市役所に入庁。白秋の散歩道の整備や江之浦測候所の誘致など、小田原が持つ資源を活かすことに奔走した。
〇…今も昔も変わらない小田原の自然が癒し。朝、窓を開けて「明神ヶ岳が呼んでいる!」とトレッキングに出かける行動派。一方で、波打ち際にキラリと光る「”浜辺の水晶”を見つけるのが得意なんだ」と微笑むロマンチストでもある。水晶の正体は長い年月波にたゆたい、角の取れた瓶の破片。失恋の痛みや友との思い出を投影しながら拾い歩くのが、素になれる時だ。
○…宮小路界隈で、文庫本片手に一人グラスを傾ける男性がいたら、この人かも知れない。明治の文豪を酒の相手に、陶芸家の友の手によるぐい飲みを、袱紗(ふくさ)に包んで持ち歩く。美術家の杉本博司氏や能面師の高津紘一氏など、交流のあるアーティストたちに共通する”己に対する厳しさと努力”。彼らから学んだ『強い信念』の大切さを胸に刻み、新たなスタートを切る。
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