語り継ぐ戦争の記憶 ―シリーズ 終戦70年㊳―

社会

掲載号:2015年11月14日号

  • LINE
  • hatena
冨田 文次さん(96)1919年生まれ 市内千代在住
冨田 文次さん(96)1919年生まれ 市内千代在住

 終戦70年を迎えた今年、小田原に残る戦争の記憶を、人・もの・場所を介してシリーズで綴る。第38回は、陸軍歩兵隊として支那事変に出兵した冨田文次さん。

 東京都本所生まれ。冨田さんの手元に召集令状が届いたのは1939(昭和14)年、ちょうど20歳の時だった。歩兵隊として陸軍への入隊が決まると、千葉県佐倉市へ派遣され、軍事訓練に明け暮れた。「銃の訓練から馬の世話までなんでもやった。出来が悪いからか理不尽な理由で上官によくひっぱたかれていた」と過酷な訓練を振り返る。

 翌40年、冨田さんが所属した部隊は中国・河南省へと派遣され、いよいよ最前線での厳しい戦いを強いられることに。中でも1937年に盧溝橋事件を発端に勃発した支那事変に出兵したことは今でも脳裏に焼き付いている。

 戦況に合わせて戦地を転々とする日々。若き冨田さんらは戦場の第一線に立ち、銃撃戦の矢面に立たされた。「当然死を覚悟していた。銃も撃ったし、ガス弾を敵に向けて投げたこともあった。敵も仲間も死んだ中、私は悪運が強いから生き残ることができたんだ」

 その後も転々と次なる戦地へ派遣されたが、冨田さんはマラリアに罹患。入院を余儀なくされ、派遣が見送られた。生命の危機に直面する機会は減ったが、「戦地に行かず幸運だったという気持ちはなかった」と当時の悔いは今も残る。

 戦地から生還を果たしたのは1942年10月。国のために職務を全うしたことを称えられ、実家で待つ両親の元には勲章が届いていた。戦後70年が経過した今もなお、冨田さんの手元には当時のまま勲章と軍人手帳が残る。数々の派遣先がぎっしりと記された手帳に目を落とし、「こんなにもよく行ったものだ」と時折笑みを浮かべる。一方で、「200人いた仲間が帰国時は30人程度だった」とその悲壮感は、今なお薄れることはない。

当時のまま残る軍人手帳と勲章
当時のまま残る軍人手帳と勲章

暑中お見舞い申し上げます

地元発着バスツアー

秋のオススメ 星空観賞やSL体験!

https://www.sugizaki-highwaybus.com/tourtype

湘南ステーションビル株式会社

ラスカは茅ヶ崎・平塚・小田原・熱海で営業しています

http://www.lusca.co.jp/

不動産でお悩みの方へ

不動産の専門家が適切なアドバイスをさせていただきます。安心して相談下さい。

http://www.shonan-con.org/

小田原市社会福祉協議会

すべての人が安心して暮らせるまちづくりを理念に、様々福祉課題取り組みます。

http://www.odawarashakyou.or.jp/

税理士法人 押田会計事務所

企業の継続的な発展と、お客様一人ひとりの将来への安心をトータルにサポート

https://www.oshidakaikei-tms.or.jp/

小田原ドライビングスクール

普通車・二輪だけじゃない、運転免許取るなら当校へ!ドローンスクールも新規開校

http://odawara-ds.com/

小田原の味・和菓子菜の花

よい水と素材にこだわり、つくりたての味―。帰省みやげやご贈答用にも。

http://www.nanohana.co.jp/

<PR>

小田原・箱根・湯河原・真鶴版のローカルニュース最新6

福祉団体に「善意」寄付

福祉団体に「善意」寄付 社会

県タクシー協会

11月16日号

企業も含めて地域

企業も含めて地域 社会

(株)古川と自治会が合同訓練

11月16日号

旧松本別邸でブックカフェ

旧松本別邸でブックカフェ 文化

雑貨・古本出店者を募集

11月16日号

スイーツをお得に満喫

空き店舗がアート空間に

空き店舗がアート空間に 文化

11月23日から

11月16日号

たなかきょおこ原画展

たなかきょおこ原画展 文化

シロヤマデザイン&スペースで

11月16日号

「新そばで季節感じて」

「新そばで季節感じて」 社会

小田原そば商組合が提供

11月16日号

意見広告・議会報告政治の村

あっとほーむデスク

  • 11月2日0:00更新

  • 11月17日0:00更新

  • 6月2日0:00更新

小田原・箱根・湯河原・真鶴版のあっとほーむデスク一覧へ

最近よく読まれている記事

コラム一覧へ

小田原・箱根・湯河原・真鶴版のコラム一覧へ

バックナンバー最新号:2019年11月16日号

お問い合わせ

外部リンク