復興支援餅つき大会を開催する湯河原中央商店会の会長 力石 重人さん 湯河原町中央在住 61歳
やれば何か成果は出る
○…自粛しないでやろうよ―震災後に静まり返った湯河原で縁日のような「餅つき大会」を決めたのは、発足1年の小さな商店会だった。1ヵ月以上も前に予行演習と試食を済ませたキナコ餅は絶品だったという。あとはこれらが完売して、収益を被災地に送れれば大成功だ。
○…今は町の電気屋さんだが、実家は木桶屋だった。職人気質の父は言葉より先に手が出る厳しい人で、思い出せばカンナ屑を散らせた中であぐらをかく姿が浮かぶ。「はしゃいでも(乾燥させても)水が漏れない」と評判だった父の木桶。その仕事を見るのが好きだった。湯河原小・中学校を卒業後西湘高校へ。体操部に入ってあん馬や平行棒などに熱中した。今でも腕が筋ばっており「あん馬があれば乗る」と頼もしい。
○…19歳で大手ボイラーメーカーに入社した。ところが周囲は職人気質の先輩ばかりで何を教えてくれるわけでもない。「これ直しとけ」と部品を渡され四苦八苦しながら、かつて父の仕事を観察していたように先輩の仕事を学び取った。その後、住宅設備を扱い始めた実家に戻り、25年前にヤオハン近くで念願の独立を果たした。
○…趣味は公言しないらしく、小声で「フエです」。サックスの練習に熱を入れているのに周囲に吹けと言われるのを心配しているらしい。20歳の頃は街角に飾られていた尺八に魅せられ、譲ってと頼みこんだ事も。記者に念を押すように「もう吹けませんから。あの時の音は一体どこに行ったのか」と目線を遠くになげた。
○…1年前に商店会を結成するまでは、誰かと力を合わせる機会も少なかった。今は準備などで顔を合わせるたびに、人の奥深さ、面白さを知る毎日だという。何もかもが新しい商店会ゆえ忙しさも人一倍だが、そのかけらも見せない。「悩みの種は当日の天気だけ。やれば何か成果が出る」。餅米を炊く前に肩からは湯気が出そうな気配だ。
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