22日に仙石原でコンサートを開く「サンライズウインドアンサンブル」の事務局長を務める 別所 有作さん 箱根町仙石原在住 66歳
メロディーの一部になって
○…吹奏楽なのに曲目がアニメや演歌という敷居の低さで、回を重ねるごとに観客が増えている。本番前に練習はもちろん、パンフの協賛集めが忙しい。近所の店や顔見知り、主治医にも声をかけてイベントを売り込む。入場無料のつらいところだが、多くの人に来てほしい。会場には震災義援金の箱も置いている。
○…箱根での初公演は6年前。別荘の管理人をしながら準備していた際に震災が起きた。自粛ムードで客足は途絶えて町全体が沈み、周囲からは「大丈夫か」と心配された。ふとテレビを見ると被災地の学校で楽器が流されたという。あの時の仲間の声が忘れられない。「会場が停電しても野外で演奏しよう」。難産の初公演は大成功し、義援金を送ることができた。
○…富山出身。中学校時代に吹奏楽部の先生から「歯が出ていて演奏に向いている」と言われ、クラリネットを始める。立命館大を卒業後に両親が暮らし始めた箱根に移り、箱根信金(現在のさがみ信金)に就職。革かばんを抱えてホテルや旅館を駆け回った。「町じゅう勝俣さんばかりで、みんな下の名前で呼び合う。僕は完全によそ者でした」。仕事を終えて仙石原のスナックに飲みに行くと、自分と同じような地方出身者で賑わっていた。観光や建設と業種も様々、方言だらけの輪に加わるうち「よそもん同士」の縁ができた。
○…「お客さんに助けてもらって偉くしてもらったんです」。その後も地域とのふれあいを第一に働き続けて支店長となり、18年前にスーツを脱いだ。今では夫婦二人三脚で別荘の風呂掃除や接客をこなす。厨房では奥さんの腕には勝てないが、調理師免許も取って何でも作るようになった。「干物を焼く時に日本酒を吹きつけるのがコツ。全然違いますよ」。出発するお客さんの笑顔がエネルギー源になって、また笑顔になれるという。素朴な毎日でにじむ汗は、檜舞台の汗とさほど変わらない。
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