金網をレリーフや彫像のように立体的に造形する「ネットアート」をライフワークにしている高取秀彰さん(82・鶴巻南在住)。透け感のあるメッシュ素材と、それが重なるモアレ(幾何学的に規則正しく並ぶ点や線が重なった時に生ずる縞状の斑紋)、手作業で作る柔らかな曲線が、不思議な優しさをまとった世界観を織りなしている。
ネットアートは高取さんが命名した手法。金網を使った造形自体は珍しくないが、同氏の作品は1枚の四角い金網で表現する。例えば人体を作る場合、通常は金網を裁断して組み合わせるが、高取さんは一筆書きのように1枚の金網を1つの立体物に仕上げる。ネットアートの透ける効果を最大に生かすため、必要な部分と捨てる部分を見極め「成立ギリギリ」の表現を探していく。
昔から造形が好きだったという高取さんが本格的に金網を使う工芸を始めたのは、大学生の時。在学中に携わった演劇で役者を務める傍ら手先の器用さから大道具製作も行っており、卒業間際に劇中で使う仮面を金属ネットで造形したのが始まりだった。
クリエイティブな才能
大学卒業後、吹き替えを行うプロダクションに入社するも3年で退職。それからはクリエイティブな分野でフリーで活動し、様々な仕事を手掛けてきた。
例えば、テレビアニメ「妖怪人間ベム」。第一作目の文芸演出に携わり、全26話中15本ほどの原案に関わったという。
他にも1970年に恐竜の模型をリアルに動かす「動刻」を作り上げるという「発明家」としての一面も持つ。「動刻」は今も進化を続けているがその礎を作ったのが高取さんで、国立科学博物館などで造形・構成・デザイン・演出を務めたこともあるという。
その後、1990年には「動刻」の発展形として人体型のリアリズムロボットを開発し、各地のロボットシアター設置やデザイン演出に携わっている。
「ネットアート」創始
金網を使った工芸に「ネットアート」と名付けたのは1975年。それまでも趣味や突発的に入ってきた仕事として時どき作品を作っていたが、この頃から個人作家として動き出した。
個展は過去8回ほど行っているが、全て自主開催ではなく企画展として実施。うち5回は、百貨店の松屋で開催している。仕事としても有名インテリアデザイナーから依頼を受けるなど活躍の場を広げていった。まだ東京に居を構えていた5年ほど前には、伊勢丹新宿店で使われた金網で造形したディスプレイの技術指導も行っている。
地元での活動に意欲
高取さんが作るネットアートに設計図はない。頭の中のイメージを、基本的に手技で立体物にしていく。完成した作品を展開図に落とし込み、同じものを作れるようにする。そのためこの技術を扱える人は他におらず、「何らかの方法で教えていきたいとは思っています」と高取さんは話す。
新たなフィールドを求め、昨年11月に秦野に居を構えた高取さん。その矢先のコロナ禍で今は自宅でゆっくり作品を作る日々だが、「地元で面白いお付き合い、面白いことができたら」と意欲を見せる。
作品の性質上、写真や映像などの画像では実物の雰囲気が伝わりにくく、照明や背景によっても表情を変えるため、「新型コロナが落ち着いた際には、地元でお披露目する機会を設けられたらと思っています」と展望を語った。
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田原ふるさと公園野菜直売研究所0463-84-1281/そば処東雲0463-84-1282 https://www.kankou-hadano.org/pointinformation/pointinformationguide/point_tawarafurusatokouen.html |
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