鎌倉のとっておき 〈第77回〉
「病気平癒(へいゆ)」を願って
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人生100年時代、願わくば健康であり続けたいと思うが、鎌倉には病気の回復にご利益のあるとされる寺も数多い。 古くは腰越の満福寺(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第77回〉
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人生100年時代、願わくば健康であり続けたいと思うが、鎌倉には病気の回復にご利益のあるとされる寺も数多い。 古くは腰越の満福寺(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第76回〉
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鎌倉幕府が整備した京・鎌倉往還は、名古屋を北西から南東へと斜めに横断していました。その道が「鎌倉街道」と呼ばれ、街道の跡がわずかに残っ(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第73回〉
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「挨拶」は、中世鎌倉で広まった禅宗の問答が一般化し、今では日常会話のやり取りや手紙の往復などを表す言葉になったものだが、私たちが何気な(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第72回〉
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鎌倉の港といえば、生しらすや新鮮な地魚が水揚される腰越港が思い浮かぶが、その昔鎌倉には、今でいう横浜港や神戸港のような国際貿易港があり(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第71回〉
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鎌倉にある皇室ゆかりの建造物や史跡は明治32年造営後、関東大震災でほぼ全壊、その後、再建されることなく御成小学校に生まれ変わった御用邸(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第70回〉
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鎌倉は海・街・山に男前が集まる都市であるが、700年前の中世鎌倉にも美男子ともてはやされた人物がいた。その男の名を飯沼資宗という。(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第68回〉
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横浜にある神奈川芸術劇場の壁に「旧横浜居留地48番館」と書かれたパネルがはめ込まれている。左側には白壁の建物があり、ガラス窓の中をのぞ(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第66回〉
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吾妻鏡の中に、源実朝が船の上から月を眺めたことが記されています。 五味文彦・本郷和人編の現代語訳吾妻鏡によると、一つは建保2((続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第65回〉
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8月。鎌倉の海は多くの海水浴客でにぎわうが、まちは蝉時雨に包まれる中で蓮や百日紅(さるすべり)、芙蓉など夏の花々が咲き揃い、思いのほか(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第64回〉
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三方が山に囲まれている鎌倉は、古より丘陵部の谷戸に人が生活を営み、やがて都市の発達と共に平野部にも、人が移り住むようになっていった。(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第63回〉
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円覚寺仏殿の天井画「白龍図」を描いた守屋多々志画伯は、1912年に大垣市で生まれました。旧制大垣中学を卒業すると、前田青頓画伯に師事。(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第62回〉
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今や家族の一員としても愛情を注がれる猫たちだが、日本へやってきたのは仏教が伝来した6世紀以降と言われている。 平安時代、宮中で(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第59回〉
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風光明媚で温暖な鎌倉の地は、名だたる作家たちが活躍した文学のまちである。 例えば明治期の夏目漱石や島崎藤村は、円覚寺での座禅体(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第57回〉
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鎌倉の「路」と言えば、日本の道百選の若宮大路が有名だが、街中には鎌倉の古(いにしえ)を語り、今を映し出す趣きある路も多い。 は(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第53回〉
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中世鎌倉は源頼朝の開府以来、人や物が集まり、華やかな文化が開いた。たくさんの人が鎌倉に集まったのは、商業活動や鎌倉新仏教・禅宗の興隆も(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第51回〉
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新たな人生の門出、結婚。年間60万組を超える新婚さんが誕生しているが、その形は時代とともに大きく変化してきた。 平安時代、結婚(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第49回〉
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一日の疲れを癒(いや)し、日々の健康づくりにも欠かせない入浴。 効用も色々あるが、その起源は6世紀の仏教伝来時にさかのぼる。(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第47回〉
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相模湾の海の幸や鎌倉野菜など豊富な食材が揃う鎌倉は、精進料理をはじめ禅宗の影響も色濃い食文化発祥の地でもある。 食事の際、料理(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第46回〉
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鎌倉の寺社には、安産や子育て、恋愛や長寿など様々なご利益がある。 特に子育ては、光照寺や妙法寺(山崎)など子育て地蔵もあり有名(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第45回〉
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緑豊かな山々と青い海に囲まれた温暖な鎌倉の地。 まちなかは、鶴岡八幡宮から若宮大路、禅宗寺院の集まる北鎌倉、大仏のある長谷周辺(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第44回〉
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鎌倉は神社仏閣が多く、都市に対する密度の高さが特徴の一つである。四方が山や海に囲まれ、場所が限られていた事もあるが、人々が身近に篤い信(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第43回〉
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訪日外国人数が年間2800万人を超え、海外からの人気も高い古都鎌倉。 ここ鎌倉は、古来から異国文化と日本の高い技術が融合し誕生(続きを読む)
鎌倉のとっておき 〈第42回〉
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ここ鎌倉では、最近、和服姿の若い女性たちを見かけることが多い。この「和服」、歴史をたどれば、その原型は意外にも中世鎌倉の武家社会と大い(続きを読む)
鎌倉のとっておき <第40回>
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羊羹をはじめ栗饅頭や大福餅など、お茶うけとして欠かせない和菓子。鎌倉にも数々の銘菓があるが、その起源は鎌倉時代の禅宗や茶道の発展と深い(続きを読む)
鎌倉のとっておき <第39回>
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鎌倉幕府の象徴と言える鶴岡八幡宮は、平安時代中期に端を発した。頼朝から数えて、5代前の頼義が、奥州の叛乱・前九年合戦を鎮める際、京都の(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第38回〉
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梛(なぎ)という木を知っていますか?マキ科の常緑高木で雌雄異株(しゆういしゅ)。海の「凪」に音が通じることから航海の安全を司る木として(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第37回〉
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全国有数の観光名所・鎌倉で、最も訪れる人が多いのは鶴岡八幡宮である。同宮が現在地に移ったのは、源頼朝が鎌倉入りをした治承4年(1180(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第36回〉
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年間を通して観光客で賑わう人気の鎌倉。姉妹都市には優れた歴史的遺産を持つ萩市、上田市、足利市、海外ではフランスの保養都市ニース市が名を(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第31回〉
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鎌倉には豊かな自然が数多く残っている。しかし湖がある事はあまり知られていない。 鶴岡八幡宮北方の山より北にある今泉。ここに「散(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第30回〉
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今も昔も私たちの生命の源である「食」。年間2千万人を超える観光客で賑わうここ鎌倉では、古くから市民に愛されている老舗からミシュラン星獲(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第28回〉
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高徳院にその碑を残す明治の偉人・長与専斎が「海水浴場として理想的な海である」と絶賛した鎌倉の海。多い年には100万人を超える海水浴客で(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第26回〉
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人々の生活に欠くことのできない「水」。現代では蛇口をひねればおいしい「水」をいつでも安心して飲むことができるが、その道のりは、遠く富士(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第21回〉
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鎌倉の地形は三方が山に囲まれ、南は相模湾が開けている。その三方の丘陵にはいくつものひだのような谷が入り組んでおり、こうした谷は「谷戸」(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第20回〉
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「問注所」とは鎌倉幕府の訴訟機関で、現在、御成小学校前にその跡の石碑がある(実際にこの場所に問注所があったという事は確かではない。はじ(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第17回〉
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鎌倉は三方を山、南を海が取り囲んでおり、その自然と歴史・文化遺産が一体となって魅力的な景観を作り出している。今回紹介する材木座の和賀江(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第12回〉
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国宝の大仏が鎮座する高徳院と木造十一面観音や紫陽花の名所として有名な長谷寺の間、というよりは、長谷寺のすぐ近くに、花の寺として評判高い光則(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第11回〉
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昨年の鎌倉検定にこんな問題が出題されました。「○○○○○○○○はウシガエルの餌として○○の鎌倉食用蛙養殖場に持ち込まれた」。それぞれの○に(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第10回〉
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小動崎の展望台に立って西方を見渡すと、江の島により一部の視界が遮られるが、箱根連山から伊豆半島まで見渡すことができる。東側に目を移すと葉山(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第9回〉
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鎌倉には特別に興味を惹かれるお寺がありますが、圓應寺もその一つです。本堂内に入ると全体に暗く、一種異様な空気が流れています。それもそのはず(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第8回〉
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鎌倉五山第4位の浄智寺。甘露の井がある池の橋を渡り、円覚寺開山の無学祖元の「宝所近在」の額のある総門をくぐると、境内の曇華殿に三世仏が祀ら(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第5回〉
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極楽寺は、1259年に忍性を開山として創建された真言律宗の古刹です。茅葺の山門をくぐると桜並木の参道がまっすぐに続き、その先に本堂、転(続きを読む)
鎌倉のとっておき〈第2回〉
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鎌倉最古のお寺は?と尋ねると「杉本寺」と誰もが答えられますが、最古の神社は?と聞かれるとなかなか答えられません。地元の人に「神明さま」(続きを読む)