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毘沙門天立像が御開帳 神仏習合残る八雲神社

社会

掲載号:2019年10月18日号

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御開帳された毘沙門天立像
御開帳された毘沙門天立像

 市内板戸の八雲神社境内の毘沙門天社で10月9日、毘沙門天祭が行われ、同社に祀られている毘沙門天立像の年に一度の御開帳が行われた。この日は神社総代ら30人ほどが参列。同社を兼務する宝珠院・小林隆昌住職によるお経があげられたあと、秋の実りに感謝を込めた直会が行われた。

 毘沙門天立像は、寛文8(1668)年に制作された木造。寄木造りで、玉眼の手法が施されている。高さ69cm、甲冑に身を固め右手に戟(げき)、左手に宝塔を持ち邪鬼の上に立つ。北方の守護神として金運財運の向上、無病息災、勝運などのご利益があるとして地域住民から親しまれてきた。

毘沙門天と八雲神社の関係

 同像はMIプラザの西側にあった毘沙門池の水辺の鎮守として、平安時代から祀られてきたことが、現在の毘沙門池公園内にある石碑に記されている。元禄元(1688)年、池の畔に祀られていた同像は、現在の八雲神社に移され、板戸村の氏神として「毘沙門天社」の名称で祀られるようになった。明治元(1868)年、維新政府発令の神仏判然令により廃仏毀釈運動が起こると、毘沙門天社は鎮守社としての役目を解かれた。その後、明治6(1873)年にそれまで村に祀られていた3つの神が合祀され、同社の建物が「八雲神社」として新たに村の鎮守になった。同像は、氏子組織による存続の願いにより、神社境内脇の毘沙門堂に祀られ、廃仏の難を逃れた。同神社総代役員によれば、八雲神社と毘沙門天社は、廃仏毀釈運動前に広まっていた「神様仏様」に見られる「神仏習合」が残った珍しい場所だという。

案内板を設置

 近年同神社には、歴史散策を楽しむ人々など参拝者が多く立ち寄り「なぜここに毘沙門天があるのか」と多く聞かれるようになった。そのため、同像や神社の歴史的な背景をもっと多くの人に知ってもらおうと案内板の設置を検討。今年1月に平成最後の事業として毘沙門天社と八雲神社の由来を解説する2つの案内板を設置した。同神社責任役員総代の中村智成さんは「毘沙門天の歴史的な背景を多くの人に知ってほしい」と話した。

案内板を設置した総代ら
案内板を設置した総代ら

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