都筑区版 掲載号:2018年6月14日号
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大正末期〜昭和の北山田から 第15回 都筑区の歴史を紐解く 文・絵 男全冨雄(『望郷』から引用)

戦前の山田富士
戦前の山田富士

自警団

 戦後まもなく食料が不足していた頃、米の盗難が頻繁にあり、部落で自警団を組織して夜警を続けていた。

 私のところでも忘れはしない。山田神社の祭礼の前夜、倉庫から米三俵とリヤカーを盗まれてしまった。朝、気がつかず、お祭りの赤飯を配りに行き、帰ってきたら警察がきているのでびっくりした。

 警察が轍(わだち)の後を追って調べたところ、牛久保に抜け南山田を通り、早渕川を下り綱島までは追跡できたが、諦めました。

 その頃青年会の役員会で、夜、農協の二階で会議をしていた時、駐在の警官が「今、勝田方面の蔵に米泥棒が自動車で乗り付け、積み込んでいる。道路妨害に製材所の丸太を出す手伝いをしてくれ」と頼みにきた。

 急いで駆けつけ丸太を出しているうちに、犯人の車のライトが見えたので、私たちは夢中で逃げて、物陰で息を潜めて見ていたら、悠然と車から数人降りて丸太を排除している。見張りがピストルを構えて煙草をくゆらしていた。

 駐在はどうすることもできなかった。相手は武器を持った多勢、駐在は一人。排除し終えた泥棒の車は走り去った。駐在さんは自転車で、「待て!」とピストルを撃ちながら追いかけていったが、結果は知れたものであった。

 一部の人の横暴には警察も手が出せなかった。

有線放送と電話

 有線放送と電話は、部落の情報伝達として農協事業の一大革命であった。

 各家に電話が通じた時ほど、感謝したことはない。

 有線放送は、部落の要所、要所にスピーカーが取り付けられて、緊急情報やお知らせなどが畑や田圃に、また、歩行中でも瞬時に伝わり、非常に喜ばれた。

 消防団員には火災発生場所がいち早くわかり、出動の原動力になっていた。市場の情報や中川のニュースも流されていたが、その有線放送も電話の普及により廃止になった。

 世の中進んでくると便利になるが、騒音、個人のプライバシー侵害とか問題になってくる。

 有線は消えていったが、時代の流れの中では、記憶にとめたい施設であった。
 

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