記者が見た、聞いた、感じた、を伝える あっとほーむデスク 6月16日0:00更新
本紙コラムでもおなじみの横浜シティガイド協会の創設者で、数多くのまちづくりの活動に携わってこられた嶋田昌子さんが亡くなった。
「地域に精通した人」として、私は中区・西区版に着任後、すぐに取材したのを覚えている。人権擁護の功績から藍綬褒章を受章した際だった。本牧間門の出身ということもあり、戦後70年の節目に企画した連載記事では、本牧の米軍による接収の様子をお聞きした。終戦当時4歳、「米軍住宅は日常の風景だった」と振り返っていた。
話は理路整然として常に冷静。地域で活動する人へのまなざしは温かく、業界の垣根を越えて多くの人に慕われていた。ここにお悔やみ申し上げます。 (清田)
|
<PR>
|
<PR>