多摩 教育
公開日:2026.09.24
「答えの在処」-保育が教えてくれること- 取材協力/社会福祉法人こばと会
「子どもを一人の人として尊重する」という視点を大切にする社会福祉法人こばと会。多摩市諏訪で半世紀以上にわたり、保育園や学童、子ども・家庭への支援に取り組んでいる。家庭環境の多様化や人間関係の中で起こる対立や孤立など、子どもを取り巻く課題が複雑になる中、子どもだけでなく、身近な大人同士の関係にも目を向ける必要があるのではないだろうか。前号に引き続き、こばと会の職員たちに話を聞いた。
第2回 「育ちは呼応する」
子どもは、一方的に大人に育てられる存在ではない。子どもは自ら育つ力を持ち、大人はその育ちを支える。そして、子どもと向き合い、その育ちを支えようとする中で、大人自身もまた、自分の価値観や関わり方を問い直し、変わっていく。では、大人が変わるとはどういうことなのか。そして、一人の大人の変化は、周囲の人や子どもの育つ環境にどのように作用していくのか。今回は、育てる側と育てられる側という一方向の関係だけでは捉えきれない、人と人との間に生まれる「育ち」に目を向ける。
「失敗してもいい」と言える大人へ
こばと会が運営するあおぞら保育園(落合)で十七年間保育士を続ける坂本琢磨さんは、入職当初、子どもは大人がそれほど働き掛けなくても、自然に成長していくものだと考えていた。しかし、「そばにいる保育者の支援の仕方や関わり方で、子どもの育ち方は大きく変わります。それを特に実感したのが、乳児保育でした」と話す。例えば、子どもの鼻水を拭くとき。大人にはすぐ拭くことが清潔で正しい行為に思えても、遊びに夢中の子どもにとっては、突然鼻を拭かれることになる。こばと会では、子どもの発達や人権、包括的性教育について学び、一人の人として子どもの意思を尊重することを大切にしている。そのため、「鼻水が出ているから、拭いてもいい?」「今から鼻を拭くね」と声を掛け、子どもの反応を確かめるという。「大人の都合では今すぐ拭きたい。でも、子どもは今、遊んでいます。そこにその子の意思があることを忘れないようにしています」と坂本さん。緊急性がなければ、遊びが一区切りするまで待つこともあるという。こうした関わりを繰り返すと、初めは激しく嫌がっていた子も、二、三カ月後には、ティッシュを見せて声を掛けるだけで自ら鼻を差し出したりするようになるという。「まだ言葉は話せません。でも、こちらの言葉や行動を受け取り、経験として積み重ねています。子どもには想像している以上の可能性があって、その可能性を広げるために大人の関わりが必要なのだと感じます」と話す。
一方、「自分とも向き合わなければ、この仕事はできないと思います。自分の嫌な部分、できないことにも目を向ける必要があります」と坂本さん。子どもには失敗しても大丈夫と伝えながら、自分は失敗を恐れ、苦手なことから目を背けてきたのではないか。子どもの頃、今の自分が子どもたちにしているような関わりを十分に受けてこなかったのかもしれない。子どもに丁寧に向き合う中で、坂本さんは自分自身の育ちや経験にも目を向けるようになったという。「できない部分を認めたくない自分もいましたが、向き合ってみると楽になりました。他の職員とも以前より素直に話せるようになったし、子どもや保護者の姿も、以前よりそのまま見られるようになったと思います」と坂本さん。そうした変化は、失敗の捉え方にも表れている。「失敗したら、別の方法を考えればいいだけです。うちの園は誰かが失敗したときに、『なぜそんな失敗をしたのか』と責められる環境ではありません。だからこそ、自分たちも子どもに『失敗してもいい』と伝えられるのだと思います」と話す。
その眼差しは、保護者にも広がる。子どもには困ったときに「助けて」と言っていいと伝える一方、大人は周囲に頼れず、抱え込んでしまうこともあるという。「保育園は、子どもを預かるだけの場所ではありません。家庭と一緒に子どもの育ちを支え、保護者が『助けて』と言える場所でありたい」と話す。
大人が変わるのが一番難しい
子どもの姿を見ながら、自分たちの関わり方を問い直す。同じくあおぞら保育園で八年間保育士を務める鈴木千穂さんも、日々の保育の中でその大切さを実感している。鈴木さんが紹介してくれたのは、入園したばかりの三歳児のエピソードだ。その子は登園時、父親と明るく別れているように見えたが、父親が帰ってしばらくすると、込み上げるように泣き出すことがあった。日々の姿を見ていると、言葉に詰まり、泣きそうになっても我慢していることもあった。鈴木さんが「泣いてもいいんだよ」と声を掛けると、堰を切ったように泣き始めたという。「お父さんともっと一緒にいたかったのかな?おうちにいたかったのかな?悲しかったのかな?」大人が気持ちに言葉を添え、どんな感情も否定せずに受け止める。「自分が今、どんな気持ちなのか分からなければ、その気持ちをコントロールすることもできません」と鈴木さん。泣いたり怒ったりしている最中に無理に理由を聞かず、気持ちが落ち着いてから「さっき、どうして泣いていたの?どんな気持ちだった?」と一緒に振り返る。初めは「分からない」と答えていたその子も、繰り返すうちに、「お父さんとバイバイしたくなかった。保育園ではなく、おうちにいたかった」と、自分の気持ちを言葉にできるようになっていったという。「泣いてはいけないと抑えるのではなく、『泣いてもいい』と思える方が、かえって落ち着くのが早いんです。自分の気持ちと向き合えることが大切だと思います」と話す。
同じ三歳児でも、発達のペースは一人ひとり異なる。気持ちを代弁する必要がある子もいれば、落ち着けば自ら振り返れる子もいる。鈴木さんたちは、子どもの姿や発達段階を担任同士で共有し、それぞれに必要な関わり方を考えている。こばと会で保育士として働く以前は、未就学児の発達支援や学童保育、精神科医療に携わっていた鈴木さん。その経験を保育の現場でも伝えてきたが、一人だけが関わり方を変えても、保育は成り立たないという。毎年、関わる子どもも職員も変わる。同じ方法を当てはめたり、個々の経験だけで判断したりするのではなく、発達について学び、共有した上で、目の前の子どもの姿から答えを探っていく。職員の対応が違えば、子どもは混乱する。だからこそ、方法だけでなく、なぜその声掛けが必要なのか、その関わりがどのような育ちにつながるのか、理由を伝えながら職員同士で対話を重ねている。「大人の関わりが変われば、子どもは変わります。でも、大人が変わるのが一番難しい。ある程度経験を重ねると、自分のやり方が固まっています。だから、対話し続けるしかありません。保育は家庭での育児とは違い、チームで行います。自分一人の関わりだけでは成り立ちません。同じクラスに入る大人が、同じ方向を向いて子どもと関わることが大切です」と鈴木さん。
育ちは呼応する
子どもが育つことで、大人が育つ。大人が育つことで、子どもが育つ環境もまた変わっていく。育ちは、一方通行ではない。子どもを取り巻く環境をつくるのは、保育者だけではない。家庭でも、学校でも、地域でも、子どもたちは身近な大人たちが互いにどう関わるのかを見ながら育っていく。子どもにどのように育ってほしいかを考えることは、私たち大人が、互いにどう関わって生きていくのかを考えることでもあるのかもしれない。
元井由隆理事長は「子育てを支える私たちも、人を変えるのではなく、考え続けられる人を増やしたい」と話す。こばと会では、地域全体で子どもと家庭を支えるため、職員の専門的な学びも積極的に支援している。子どもの姿を丁寧に見ることから始まる学びは、園の中にとどまらず、地域へと広がろうとしている。
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