綾瀬版 掲載号:2018年11月30日号 エリアトップへ

〈第48回〉渋谷氏ゆかりのコースを訪ねる48 あやせの歴史を訪ねて 綾瀬市史跡ガイドボランティアの会

掲載号:2018年11月30日号

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 想えば鎌倉幕府で、今頂点を極めている北条家、義時だったが、義時の姉・尼将軍政子の存在は巨(おお)きかった。鎌倉幕府初代将軍・源頼朝、平治の乱(平治元年・1159年)で父・義朝を失い、兄2人も失い、平清盛の義母・池禅尼(いけぜんに)の計らいで危うく死を免れ、この頃、伊豆は遠流国(おんるのくに)となっていた為、多くの敗者がこの地に流されてきていたが、頼朝、遥か東国、伊豆韮山、蛭ヶ小島へと配流の身となった。時に頼朝、13歳の年齢的に微妙な時期だったが…。祖を渋谷光重等と同じくする北条時政、氏名をこの地、北条の地名を名乗り、頼朝の看視の任に着かされる。また、近くには平氏に父を持ちながら勘当されて韮山山木の地に住み、山木判官(ほうがん)兼隆を名乗り、この地の平氏の国司と往来を維持していた。

 頼朝、北条・山木氏の看視を受けながら、流人生活を甘受する身となっていた。朝廷の権力・勢力争いに翻弄されていた武家勢力、源氏の棟梁・源義朝の三男坊だった頼朝、それでも源氏の棟梁の御曹子、白面の貴公子。その頃、北条時政の娘、政子まだ3歳だった。3歳の娘、都よりの流人を、貴公子を、どの様な思いで、心で見詰めていたのだろう!?何かと頼朝に親近・情愛を示す政子に、時政は平家の耳目を気にする日々だった事だろう。やがて10有余年の歳月が流れ、三島大社・伊豆山神社・狩野川流域等々を舞台に、二人の濃密な時間も展開された事だろう。だが何よりも、頼朝にとって心強く嬉しかったのは、渋谷荘より近江源氏・佐々木秀義の4兄弟のうち、長兄を除き、機を見ては頼朝の許に伺候(しこう)してくれた。

 想えば20余里の長駆(ちょうく)、近隣を憚りながらの看視を念頭に置きながらの歓談だった。光陰矢の如し、近隣四囲に源氏所縁の氏族・豪族希薄な中、時の流れは非常だったが…。佐々木兄弟の配慮だったか、渋谷重国の深謀遠慮だったのか、光重・高重兄弟の姿が蛭ヶ小島の頼朝の寓居(ぐうきょ)に、佐々木兄弟に随行してくる様になった。頼朝、山木兼隆・北条時政の看視の目を盗み、悦びを抑えながら平家打倒の念(おも)いを強くした事だろう。そして、その中に北条家の姫、時政の娘、政子がいた。今はもう頼朝が伊豆韮山に配流となった頃の年齢を超えて、父・時政に叱責を受けながら頼朝の身の廻りの世話を焼く才色兼備の女性となっていた。

 また弟・義時、政子より6歳年下だったが、時には姉・政子に纏わりつき、佐々木兄弟、渋谷兄弟にもかわいがってもらった事だろう。そして政子、今は父の立場、頼朝の立場を理解し顔には表さなかったが、苦衷の日々があった。あれから幾星霜を経て兄・宗時を石橋山の戦い(治承4年・1180年)で失い、惣領となった義時、父・時政、姉・政子、小さな氏族だったが、今、鎌倉幕府の権力の座に君臨していた。光重、今これからの苦難の道を覚悟していたが、一族郎党の事を想い、勝者の嗜みを願うばかりだった。  【文・前田幸生】
 

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