綾瀬版 掲載号:2019年3月8日号
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〈第51回〉渋谷氏ゆかりのコースを訪ねる51 あやせの歴史を訪ねて 綾瀬市史跡ガイドボランティアの会

 深々と降る雪。厳粛・静寂の中、実朝、沈着に確かな足取りで階段を降りつつあった。供奉(ぐぶ)・参列の幕臣達の見守る中での出来事だった‼実朝、何者かの突進を受け、鮮血に染まり、首が胴体から離れるまで正に束の間の出来事だった。供奉の参列の幕臣・要人達、何ら為す術なく凝然と立ち竦(すく)むのみであった。勿論、光重とて同様であったが、思考回路の回復は疾(はや)かった。老いたりとはいえ光重、百戦錬磨の将だった。数々の窮地を咄嗟の判断で切り抜けてきた光重であった。そして密かに危惧していた事だった。供奉・参列していた幕臣・要人達。状況の把握に苦悩する臣、やはり…だったかと納得する臣。流石、鎌倉武士、事態の収拾は混乱を最小限で抑えた。北条義時の威令だったか…!?歴史の展開は非情だった。源氏の嫡流として前九年の役、八幡太郎義家から営々として築いてきた源氏、治承・寿永の内乱を治めて鎌倉幕府創業成立。三代目将軍・実朝、詩歌を愛する実直な人柄だったが、不運にも側近の巡り合せが噛み合わず、悲しくも二代将軍・頼家の遺児、今は鶴岡八幡宮の別当を務めていた公暁(くぎょう)の凶刃に斃(たお)れる。頼朝の魂魄、暗雲垂れこめる下界の実朝の惨事を、天上界にあって見透せなかったのか、救えなかったのか‼ともあれ、ここに源氏の嫡流は、三代で絶えた。古より、征夷大将軍は源氏でなければならぬ不文律があったのだが…。渋谷光重、歴史上の大事件・大惨事に遭遇し、今は短慮を慎み、渋谷の領土を守っていく事を優先した。桓武平氏・秩父平氏の血筋を背負い、東国に武蔵国・相模国に根を張って歴史を紡いできた秩父平氏の一族・渋谷氏だった。父・重国健在の頃より武士(もののふ)としての知勇は兼備していたが、何故か渋谷一族の支えの役を暗黙の中で教示された。嘗て、今は亡き高重が和田の乱に参戦する事を強く諫言(かんげん)しなかった事を今でも悔いているが、今も、ともすれば駆け出して行って、北条義時を…と思う時があるが、己を抑える事が出来る年齢を自覚していた。光重、長男・重直を頭(かしら)に、渋谷氏を背負う子供達、今は立派な鎌倉武士に成長していた。父・光重に与えられた所領の充実に、未だ亡き叔父・高重の和田の乱への参戦の桎梏(しっこく)が、謹厳実直な渋谷一族、脳裏・耳朶(じだ)から消える事はなかったが、地理的に豊穣の地は狭隘(きょうあい)だったが、温暖な気候に恵まれ各所から遠望出来る富士山を堪能しながら、一族の結束を、充実を図りながら一所懸命の経営だった。領土開拓・治山治水、渋谷の荘は力強い前進があった。時は承久元年(1219年)正月、東国の都・鎌倉は閑(しず)かだった。

【文・前田幸生】
 

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