都筑区版 掲載号:2018年4月19日号 エリアトップへ

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都筑の歩み、未来へ続く−。 来年11月 区制25周年

掲載号:2018年4月19日号

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 都筑区が来年11月に区制施行25周年を迎えるにあたり、本紙では都筑区の礎を築いてきた関係者に、区誕生までのエピソードやまちづくりへの思いを語ってもらった。区発足時は11万人だった人口は、現在は約2倍の21万人になり新旧住民が融合し生活している。当時の活動を知る町内会自治会や医師会、企業、商店会、市民団体の代表者が「区制プレ25周年特別座談会」を先月開催した。(文中敬称略) 司会 都筑区商店街連合会・栗林一夫会長

「素晴らしい区名が決定した」

 ―1992年に「横浜市港北区及び緑区の再編成に関する条例」が公布されました。港北・緑からの新区誕生で苦労されたことについて聞かせてください。

 長谷川 港北・緑をA(東横線沿線地域)・B(横浜線沿線地域)・C(田園都市線沿線地域)・D(港北ニュータウン地域)の4区に再編成する方針の中で、当時は都田地区連合町内会会長として、区名選定委員会で新しい区名の取り決めを行っていました。

 アンケート調査の結果を踏まえながら検討し、元々区役所があったA・B区はそれぞれ、「港北区」「緑区」の区名を引き継ぎました。D区に関しては「平成」「若葉」「ニュータウン」「中川」「すみれ」など多くの候補があったが93年10月、「都筑区」に決定しました。最初は抵抗がありましたが、昔は武蔵国都筑郡だったんだから、都筑区で良かった。今になって思えば街並みもきれいで、区名も良いよね。素晴らしい区名が決定した良い思い出だね。

 飯田 そうですね。都筑区は港北ニュータウンの開発前から「いた人」と新しく「来た人」がミックスされて、まちが活性化している。100年経ってもゴーストタウンにならないのが都筑です。

駐車場の設置義務「画期的なこと」

 ―港北ニュータウン街づくり協議会の元会長や横浜北農協の元副組合長などを務め、都筑区の発展に寄与されてきました。当時のお話をお聞かせください。

 飯田 農協の仕事をしながらニュータウンのまちづくりに携わっていました。建築協定の取り決めに関して言えば、当時繁栄していた「たまプラーザ駅周辺」のように狭い道路脇に路上駐車車両が散見しているのはよそうという話がありました。

 そこで駐車場の附置義務をニュータウン内で取り決めました。これは当時のまちづくりにおいて画期的なことだったと思います。

 また、都筑区南部の折本町、東方町、池辺町を中心に農業専用地区をニュータウンの南側に約230ha整備しています。この農専を作ったことで、今でも農業が盛んな区の特長があります。

「頑張らないといけない」

 ―第三京浜道路都筑インターチェンジが開設した1995年に都筑区医師会が発足し、初代会長に中野さんが就かれました、分区当時の話などについてお聞かせください。

 中野 港北・緑の2区から1つの区が誕生するので緑区からは私が、そして港北区からは現在、横浜市医師会会長を務める水野恭一さん(水野クリニック院長・南山田町)を代表者として、各区からそれぞれ10人程が集まり都筑区医師会立ち上げに向けた準備委員会が発足しました。

 誰を会長にするか、理事は、運営は、休日急患診療所など決めることは山ほどありました。分区時は緑から19人、港北からは21人の40人が会員でしたが、都筑区医師会発足時には緑29人、港北27人の56人でスタートしました。新しい区の誕生に向かい、皆が頑張らないといけないという気持ちが共通してありました。当初56人で日曜祭日、盆暮れ正月の休日急患診療所を2人体制で回すのは結構きつかったです。青葉や港北など近隣区から「手伝うよ」という声もありましたが、自分たちで頑張ってきました。

 患者さんを診ることと同時に、区づくりにできるだけ努力しようとこれまで尽力してきました。現在は200名以上の医師が会員となり、区民の健康を守るだけでなく、災害時の医療体制や地域包括ケアシステムの構築などに注力しています。

「タヌキはスーツを着ない」

 ―1986年に本社を現・都筑区に移転し、首都圏最大級店舗として葛が谷にAOKI横浜港北総本店をオープンさせています。当時、何もなかった所に企業として進出を英断された経緯などについて教えてください。

 青木 AOKIが皆さまと素晴らしいご縁を結ばせていただいたのが1986年、今から32年前です。11月に本社を創業地の長野県から移転し、12月に横浜港北総本店が誕生しました。

 当時、AOKIとして全国展開を考えていました。その時にどの場所がいいだろうと、武蔵小杉など色々なところを見て回りました。最終的には新幹線が通る新横浜駅も近くにあり、将来的に羽田空港への道路もできるだろうと、大きな地図を広げて「ここが一番いい」と決めました。本店を出店する際に地元の方から「タヌキや野ウサギはスーツを着ない。こんな場所で大丈夫か」という話もありました。(一同笑)

 新横浜元石川線も狭く、区役所通りは何もなかった。地元の人と話し、将来この地は必ず良くなると思いました。その頃から長谷川さんや金子さん(※故・金子保氏・元 D区の新しい街づくりを進める会 会長)らがこのまちのために全力を尽くされ、寝食を忘れるほど、努力されていました。その熱い思いに胸を打たれました。AOKIの今があるのは地元の皆さま、区民の皆さまのおかげです。

「先人の思い」

 ―次は栗林からニュータウン開発途中の商店街の成り立ちについて話したいと思います。

 栗林 現在は都筑バーチャル商店街を含め全部で10団体が商店街連合会に所属しています。都筑区が誕生する際は6団体(旧港北1・旧緑5)で区商連がスタートしました。

 まず、当時は造成工事真っ只中の港北ニュータウン(NT)で商店会を立ち上げようとした経緯をお話しさせていただきます。港北NT中央商業振興会は現在港北NT内で活動する5商店街の”もと”になる会です。

 幹線道路が少しずつ完成するのに伴い、ビルが建ちはじめテナントとして商店が進出するのですが、商業者同士の繋がりも無く、商業情報も入ってこないという状態でした、青木さんを中心にNT内に進出されている店舗にお声がけをし、商店街設立趣旨のお話をしました。当初の目的は「港北NTに進出した商業者の皆さんとの情報交換、各方面からの情報を集約し会員の皆さんに資料提供する」ことでした。お陰様でこのご提案に多く賛同いただき、商店・飲食店・不動産・医院・進出企業など異業種の60会員で商店街活動をスタートすることができました。

 それが都筑区が誕生する6年前です。その後1990年に青木さんを初代会長に港北NT中央商業振興会が設立されました。

 1993年のブルーライン、2008年にグリーンラインが開通したことに伴い、中川駅前、仲町台、センター南、センター北、北山田が港北NT中央商業振興会から独立して、現在はそれぞれの地域に沿った商店街活動を行っています。

 最後に、今でも心に残る先人の言葉があります。その方は、港北ニュータウンの礎を作られた故・金子保会長さんです。「新区を住みやすい街にするには、新旧住民をはじめ、町内会自治会、各種団体、進出企業、行政が一丸となって進まないと、ここをふるさとと思える活気あるまちづくりはできない」と常々お話しされていたことが心に残っております。

文化通じ、地域に貢献

 ―都筑のまちづくり、文化づくり、人づくりを掲げる団体「都筑クラブ」の会長として活動する山田さんに、都筑区誕生前の活動などについて聞きたいと思います。

 山田 先ほどお話にありました、まさにタヌキが出ている時に港北ニュータウンで一番初めに入居が始まった荏田地区に引っ越してきました。フラミンゴピンクの校舎がやけに目立っていました。

 1983年に開校した荏田南小初代PTA会長を84、85年と務め、子どもたちのために、夏祭りを企画したり、どんど焼きを地域と協力しながら開催していました。

 そんな中、港北ニュータウンの開発に関わっていた都市整備公団の担当者が活動に興味を持ってくれ、縁あって港北ニュータウンまつり実行委員会に所属し、地域活動を行っていました。91年に「文化を通じてのまちづくり」に貢献する現・都筑クラブの母体になる港北ニュータウンイベント倶楽部を立ち上げました。

 都筑区が誕生する前年、ブルーラインが開通する時に、センター南駅で地下鉄開通イベントに参加。駅の周りは現在のように栄えていなかったけど、お神輿三基で練り歩いたのは良い思い出です。

 青木 山田さんは出会った頃から都筑へ対する熱い思いがありました。

「夜、星が見えるのは財産」

 ―村田会長、当時の活動と印象に残っている話をお願いします。

 村田 長谷川さんの後任として体育指導委員(現・スポーツ推進委員)でした。港北ニュータウン建設事業が発表され、工場用地やニュータウンの空き地を利用して体指として子どもにソフトボールを教えていました。長谷川さんらに色々と教えていただきました。

 区民まつりも今年で24回を迎えますが、3回目位までは東方公園で開催していました。当時の高秀秀信横浜市長がハーレーダビッドソン(バイク)に乗って登場したのも良い思い出です。

 畑澤 高秀市長が書かれた「都筑区」という額が区長室に飾ってあります。

 村田 これまで数多くの人の努力で今の都筑があると思います。整備された街並みの中に、豊かな自然や農業専用地区、企業、工業地帯が共存している。私の住む東方町などは夜暗くなると、星がきれいに見える。これは財産で次世代にも残していきたいです。

「ふるさとづくりに思い生かす」

 ―町内会・自治会、医師会、企業、商店街、市民団体らの取り組みについてお話がありました。畑澤(前)区長は何を感じましたか。

 畑澤 私は北部病院の建設等でこのまちを訪れたことがありますが、3年前に区長に着任し、都筑に来てみて本当に素晴らしいまちだと感じました。

 今回、お話を聞かせていただき、新しい区の運営の大変さ、休日急患診療所での奮闘、商店会活動の経緯、青木さんや山田さんの思いなど、これまでの都筑区を作り上げてきた皆さまの熱意を感じ、今でもその思いが引き継がれていることを改めて認識いたしました。

 来年11月に迎える区制25周年に向け『図説 都筑の歴史』編さん事業のプロジェクトが進行しています。今後も”皆さまの熱い思い”を都筑のふるさとづくりと区政運営に生かしていきたいと思います。
 

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