座間版 掲載号:2018年8月10日号
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東原在勤頼住金作さん 松井秀喜連続敬遠を回顧 二塁塁審務める

スポーツ

「強いチームはグラウンドの入り方から違う」と語る頼住金作さん=ホワイトボードの図を使って、グラウンドを横切らずに球審の後ろを回るチームを説明した
「強いチームはグラウンドの入り方から違う」と語る頼住金作さん=ホワイトボードの図を使って、グラウンドを横切らずに球審の後ろを回るチームを説明した
 聖地・甲子園に鳴り響く怒号、スタンドから投げ入れられるメガホン――。1992年夏、超高校級のスラッガー・松井秀喜擁する星稜高校(石川県)と明徳義塾高校(高知県)の試合で起こった「松井5打席連続敬遠」は、高校野球ファンの脳裏に今なお焼き付いている。東原在勤の頼住金作さん(66)はあの試合、二塁塁審を務めていた。グラウンドからはどのように映り、どんな思いでジャッジを下していたのか、100回記念大会という節目に振り返ってもらった。

厳戒態勢でジャッジ

 「松井のホームランは放物線を描く。ボールが消えるといけないから、頼住はいつもよりベースの後ろに立ってジャッジを間違えないようにしてくれ。二塁はみんなでカバーしよう」――。

 外野のラッキーゾーンが撤廃された第74回全国高校野球選手権大会。松井秀喜に日本中の注目が集まる中、審判団も厳戒態勢で試合に臨んだ。甲子園球場は満員札止め。「異常な雰囲気だった」と頼住さんは振り返る。

「打たせてもらえないよね」

 1回表、二死三塁とチャンスの場面で4番・松井に打席が回る。明徳ベンチが選んだ作戦は、予想通り敬遠だった。後続の5番・月岩信成はサードゴロに倒れ、星稜の攻撃は無得点に終わった。

 その直後のことだった。守備についた二塁手・月岩が、セカンドベースを掃いていた頼住さんに話しかけてきた。「今日は打たせてもらえないよね」。「何を言っているんだろう」と、頼住さんは耳を疑ったという。

 しかし月岩の予言は的中する。一死二、三塁で回ってきた第2打席、一死一塁の第3打席と続けざまに松井は勝負を避けられ、第4打席は二死ランナー無しでの敬遠だった。「ブーイングが次第に大きくなっていった」と頼住さん。それでも、「松井だけでなく、試合全体、一球一球を集中して見ていた」と語る。

 迎えた9回表の星稜の攻撃、二死三塁のチャンスで松井の第5打席。やはり四球で松井が一塁ベースに立つと、スタンドから怒号が飛び交った。メガホンやビール缶など様々なモノが投げ込まれ、「中にはアイスボックスや、一升瓶を放り投げる人もいた。想像を絶する光景だった」

一時中断に

 試合は一時中断。神奈川県の先輩審判でもある田中美一球審から「あがってこい、早く」との指示が頼住さんにされたが、「スタンドがゆれていて聞こえなかった」という。

 無数のメガホンが投げ入れられ、なかなか静まらない中、田中球審が判断を下した。「星稜の選手に拾わせる」。かつて神奈川大会で原辰徳氏(東海大相模高校)が敬遠された際も、同様にスタンドからモノが投げ入れられ、東海大相模の選手に拾わせ場をおさめたことがあった。その経験を踏まえての決断だった。「あれが田中さんのマネジメント力。高校野球の審判を15年やっていたが、こんなことが起きるのかとびっくりした」。当時40歳の頼住さんにとっても衝撃の出来事で、今なお鮮烈に覚えているという。

 球場を包んだ、明徳ナインに向けての「帰れコール」。頼住さんは「18歳の高校生にとってショックだったと思う」と明徳の選手たちを慮る。試合は明徳が星稜の反撃をしのぎ、3対2で勝利。甲子園の歴史の一ページに刻まれる試合となった。

 「緊張の上に緊張したが、ジャッジを間違えないように一生懸命やった。今までにない経験で達成感があった」。伝説の試合をジャッジできたことは、何にも代えられない財産となった。

追求した審判道

 25歳の頃、厚木市で審判を始めた頼住さん。当時は横浜市・川崎市のレベルが高く、応援に行っても「来なくていいよ」と言われることがあったという。「上手い審判にはどう勝つべきか」。行き着いた答えが、野球規則を完璧に暗記することだった。

 筆記試験では常にダントツで高得点を記録し、求められている以上の答案を書きこんだ。「そうでもしないと認められなかった」

 やがて頼住さんの評判は広まり、神奈川県の審判部長の目に留まるように。優秀な先輩審判に預けられ、徹底的に鍛え上げられた。「教えられたことを一つ一つ必ず実践すると、だんだんいいゲームで使ってもらえるようになった」。やがて甲子園の審判候補に名前が上がるように。約200人の中から一人だけが手にする夢舞台への切符を勝ち取った。

 あの舞台で一緒にジャッジした審判員とは今でも仲良しだ。「朝昼晩と全員集まらないとご飯を食べられなかった。同じ釜の飯を食べた仲間の絆は強い」とにこやかに語る。そんな仲間とは8月8日に聖地で再会。思い出話に花を咲かせた。

甲子園は人間形成の場

 55歳で審判を引退するまで、様々な試合をジャッジしてきた頼住さん。愛甲猛、高橋由伸、そして、松坂大輔。のちにプロで活躍する原石をたくさん見てきた。特に松坂のインパクトは強烈で、「スライダーで135キロは出ていた。高校生の投げるストレートの速さで変化するから、まず打てない」と振り返る。

 「甲子園は、球児にとっても審判にとっても人間形成の舞台」。甲子園とは何かを問われ、頼住さんはゆっくりとした口調で話した。「先輩や後輩、仲間との絆が深まっていく。あの舞台を経験してから、動じない心が身に付いた」。節目に思い出を紐解き、微笑んだ。

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