医師・薬剤師が見た被災地【2】 歯に残る"生きた証"を見つけて 小田原歯科医師会 羽鳥孝郎先生
指紋や所持品、DNA鑑定…その人と判別するための要素は幾つかある。その一つが口の中、歯型や治療痕だ。腐敗してしまう指紋や血液と違い歯は長期間残るため、災害時の身元確認において有効な判断材料の一つになるという。
震災発生から3日後に警察庁からの要請を受けた羽鳥孝郎先生(小田原歯科医師会副会長/小林病院勤務)は、福島県南相馬市へ向かった。任務は被災者の口腔ケア(=治療)ではなく、遺体の身元確認(=検屍)だった。
警察歯科医である羽鳥先生は、日頃より事件や事故で亡くなった人の身元確認に協力してきたが、災害時での任務は初めて。津波に飲まれ、瓦礫の街となった被災地は「本当に何もなかった」と振り返る。
到着して間もなく安置所へ向かうと、遺体が整然と並べられる様子が目に映った。最初に向き合った遺体は損傷が激しく、口腔から検屍できる状態ではなかったという。2日目以降も次々に遺体が運び込まれる中、黙々と口腔の記録表であるデンタルチャートを作成。4日間で15体の検屍を行った。また生前のカルテと照合し、本人かどうか判断する異同識別も1体対応した。
「若い男性が亡くなってね。両親がその子を瓦礫の中から必死に探してきたんだ」。いまだ行方不明の人が大勢いるなか、遺体が見つかり、家族の元へ帰る―。それが唯一の救いなのかもしれない。そう言い聞かせ、一人ひとりと向き合い、口の中に残る”生きた証”を記録していった。
被災地の惨状に直に触れ「食べ物も喉を通るし、夜も眠れる。でも、ふとした時に亡くなった方の無念さや残された家族のやりきれなさを思い出す」と羽鳥先生。チャートが入ったファイルをめくりながら、静かに遠くに目をやった。