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箱根・湯河原・真鶴 人物風土記

公開日:2015.07.24

「ちょうちょのおばさん」として箱根っ子に知られる
白土 信子さん
箱根町仙石原在住 69歳

蝶を探してどこまでも

 〇…おばさんの家は別荘地の一角で草に包まれるように佇んでいた。あえて刈らないのは、ここで毎日幼虫が観察できるから。中に入ると綺麗な標本もあり、昆虫館さながら。晴れた日は車で長野へ、遠くはマレーシアまで蝶を探しに行ってしまう。最近のお勧めは箱根湿生花園で見られる「ミドリシジミ」。オスが縄張り争いをするように空を舞う様子を、今月も観察会で地元っ子に紹介した。

 〇…故郷は山形。実家は農家で食べ物には不自由しなかったが、とにかく物のない時代。小さい頃はおもちゃ代わりに「春の女王」とも呼ばれるギフチョウを見つめて過ごすのが好きだった。高校では理科部に入り、浜辺で仲間とスナガニを観察。その成果が読売学生科学賞に輝いた事も。「巣穴から砂を出す様が本当に面白かった」。日が暮れた後も、懐中電灯で見入った日々が懐かしい。

 〇…その後、集団就職で箱根のパレスホテルへ。時の首相も泊まる名門である。キッチンの一角でコーヒーやパン焼きを任されたものの、メニューも食材もフランス語の表記。初めて尽くしの世界だった。「なべ底に残ったデミグラスソースを舐めた時の味が忘れられない」。ナイフで果物を切り、いかに美しい半月型に仕上げるかにこだわった。今でも外食時にカットフルーツが出てくると、見入ってしまう。

 〇…飲食店でパートを続けながらボランティアで仙石原湿原などの調査に加わる。昆虫とも出会える作業はさぞ楽しいだろうと思いきや、ふと表情を曇らせた。「道端に外来種が増えて、駆除しきれないの。昔の草原を復元できればね」。以前はススキの中に飛んでいた蝶の一部も姿を消してしまった。だからこそ観察会で伝えたい事は山ほどある。サナギの形や羽化だけでも千差万別。小さな一匹が語り尽くせない変化の連続なのだ。取材中にも黒や黄色の蝶が寄ってくる。真っ白い髪も蚕の繭に見えてきた。

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