高津区版 掲載号:2015年2月27日号 エリアトップへ

高津物語 連載第八八三回 「天保飢饉と劇盗忠治誕生」

掲載号:2015年2月27日号

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 「天保四年(一八三三)始まった天保大飢饉は、打続く飢饉や社会不安に苦しむ農民に現世救済を願う素朴な民間信仰が農村の土壌上に培われた」(村上直『日本近世史』)。この時国定忠治は相伝の中刀他家産を売り百両金を作り、米二百俵を積み上げ名主に依頼、国定村民二六〇人に施行した。逆に忠治の力を借りて磯沼を浚い、人足小屋で賭博を行わせ、忠治と内通して金一七両を受取った名主宇右衛門が幕府に罰せられた。天保九年三月博場が急襲され子分文蔵が逮捕された。同月末、文蔵奪還をはかる忠治一門を逮捕する回状が発せられた。「貧しき者あれば衣糧を与え、富裕な百姓の子が賭場に来れば訓戒して家に帰す。住民が忠治を父と仰ぎ赤城の山に足を向けて寝られない」と宣伝された忠治と国定村民との関係が、子分文蔵の逮捕を切っ掛けに明らかになった。人相書が全国に手配され、神崎友五郎は紀州まで逃げ、忠治と名乗って親分を逃がそうとしたが、識る者が現れ果たせなかった。この仁侠伝が、一層「親分国定忠治」の侠名を高める。天保十三年忠治は拳銃の近代化時期に遭遇、元込式連発ピストルを手に入れた。嘉永二年大英帝国軍艦マリナー号が浦賀・下田両港に侵入、港内測量事件が起こった。忠治は右往左往する幕府を見て「俺の子分に一声かければ一日で四、五百人、十日で四、五千人の兵力を集めてやる」と豪語。忠治と関東取締り出役の力関係は拮抗、白兵戦になれば忠治に勝ち目がありそうな状況だった。赤城山中を保護色で潜む忠治一家の軍師こと―日光円蔵が捕えられ、最後は梟首(さらし首)か、痩死(獄死)。四十二才だった。老中水野忠邦は、十代将軍家治以来中断した日光社参を六、七年振りに復活する。日光山参詣で、関東罪悪党を召捕えるべしと、其附近の大名廿九人に命じた。遂に無宿・博徒は「悪党」となり、幕府正史に登場する事となった。弘化三年忠治は四年ぶりに赤城に戻ったが、零落した姿だけが目に入る。が正妻・愛妾・女丈夫三女性が忠治を奮い立たせるが、嘉永二年忠治中風発病、三二日後の八月二四日遂に忠治は逮捕された。

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