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まちのこぼれ話の記事一覧

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第15話 その3 境野 勝之さん

    ◆町の靴屋として50年【2】  ポレポレ通りに構えた店の前には川がありましたが、父はさっそく、その川に暗渠のような橋をか...(続きを読む)

    10月23日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第15話 その2 境野 勝之さん

    ◆溝口の変遷  溝口駅前は、大山街道とは違った雰囲気ですし、地元民というより、転居人が多く住んでます。土地を買って、家や...(続きを読む)

    10月16日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第15話 その1 境野 勝之さん

    ◆小さい頃の様子は  生まれは、母の実家の牛込神楽坂です。着物や幕などの刺繍を扱う店を営んでいたと聞いています。その後、...(続きを読む)

    10月9日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第14話 その3 岩崎 輝彌(てるや)さん

    ◆ご家族が戦争の犠牲に  終戦の年、私は5歳でした。その年の4月4日明け方4時にアメリカ軍のB29戦闘機が我が家の近くに...(続きを読む)

    10月2日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第14話 その2 岩崎 輝彌(てるや)さん

    ◆現在も続く講とは  最近2軒が引っ越しをして今は14世帯が繋がっています。下作延の一部の家、末長の一部の芹田家、竹田家...(続きを読む)

    9月25日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第14話 その1 岩崎 輝彌(てるや)さん

    ◆家族の様子  父は昭和27年8月に49歳で亡くなり、 母は平成11年3月に94歳で亡くなりました。5男4女の9人兄弟で...(続きを読む)

    9月11日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第13話 その6 斉藤 二郎さん

    ◆町の様子について  二子の地には、職人さんが多く住んでいたようです。大工さんだとか、大工さんの下職、左官屋さんとか。私...(続きを読む)

    8月28日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第13話 その5 斉藤 二郎さん

    ◆鮮明に残る記憶  大山街道は昔砂利道でした。6月頃になると夜が明けるのが早くなりますが、そうすると牛車を...(続きを読む)

    8月21日号

  • まちのこぼれ話 戦争中の記憶

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話 戦争中の記憶

    資料提供/高津区

    このコーナーは「高津区おはなしアーカイブ〜地域のこぼれ話を拾う〜」で紹介された地域の方のインタビュー記事の一部抜粋して紹介しています...(続きを読む)

    8月14日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第13話 その4 斉藤 二郎さん

    ◆戦争中の思い出 終戦間際の空襲、昭和20年の春にこの辺りも空襲があり私の生家も流れてきた破片で別棟にあったお風呂場の屋...(続きを読む)

    8月14日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第13話 その3 斉藤 二郎さん

    ◆梨泥棒の見張り  梨畑には囲いもあって、収穫期には中に番小屋もありました。夜になると梨泥棒が一本の木まるごと盗っていっ...(続きを読む)

    8月7日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第13話 その2 斉藤 二郎さん

    ◆梨山と桃山  私が小学生のころは、梨山や桃山でとれた果実を箱に詰め、リヤカーで東京の用賀や上馬、あの辺の市場まで売りに...(続きを読む)

    7月31日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第13話 その1 斉藤 二郎さん

    ◆家族について  私の生家は、現在の斉藤歯科がある場所(二子2丁目)です。斉藤家はもともと本郷の公家だったようです。小黒...(続きを読む)

    7月24日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第12話 その5 長岡 榮子さん

    ◆当時の生活  この辺は農家が多かったから食べ物に苦労はしなかったです。お米は穫れなかったけど麦は穫れたの...(続きを読む)

    7月17日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第12話 その4 長岡 榮子さん

    ◆戦中、戦後の記憶  戦前はこの辺りでは桃を作っていたんですが、戦争が始まってからは穀物を作らなくちゃいけ...(続きを読む)

    7月10日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第12話 その3 長岡 榮子さん

    ◆中学、高校時代  国民学校の後は新制中学になりましたが、私は小学校卒業後、中学、高校は洗足学園に行きまし...(続きを読む)

    7月3日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第12話 その2 長岡 榮子さん

    ◆小学校(国民学校)  小学校は高津小学校です。そのころは国民学校と言っていました。40分くらいかけて歩い...(続きを読む)

    6月26日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第12話 その1 長岡 榮子さん

    ◆幼いころのこと  私は生まれた時から北見方に住んでいます。7人兄妹で育ちました。...(続きを読む)

    6月19日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第11話 その4 沼田忠男さん

    ◆蟹ヶ谷  「蟹ヶ谷」という地名にはいろんな説があるようです。「梶ヶ谷」とはよく間違われますけれどね。蟹は...(続きを読む)

    6月12日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第11話 その3 沼田忠男さん

    ◆運動場を整備  私は橘中学校二期生です。当時は西中原中学校へ進む人が多く、新しく橘中ができて西中原中に行...(続きを読む)

    6月5日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第11話 その2 沼田忠男さん

    ◆戦中戦後  戦時中は蟹ヶ谷に羽田と成田を結ぶ無線電信基地がありました。基地を狙ってB29や焼夷弾も襲って...(続きを読む)

    5月1日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第11話 その1 沼田忠男さん

    ◆子どもの頃の思い出 このあたりは静かでしょう。近くに幹線道路もないし、閑静で住みやすいところですよ。前に...(続きを読む)

    4月17日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第10話 その1 高品千鶴子さん

    ◆当時の町の様子  昭和46年に梶ヶ谷に越してきました。 最初、母と2人で下北沢から電車に乗っ てここを見にきた時、梶が...(続きを読む)

    3月20日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第9話 その5 斉藤 マキ子さん

    ◆蕎麦や料理をふるまう講中  あと、昔はこの辺も講中(こうじゅう)というのがあって、お葬式や法事などがありますと、その講...(続きを読む)

    3月13日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第9話 その4 斉藤 マキ子さん

    ◆久本へ嫁入り 三日三晩の結婚式  高等学校を卒業して、本当はお勤めをしたかったんですけど...(続きを読む)

    3月6日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第9話 その3 斉藤 マキ子さん

    ◆戦争中の思い出  最初は戦争も勝っていましたけどね、皆「勝ってくるぞと勇ましく」って出て行くんです。けれど私の記憶に残...(続きを読む)

    2月28日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第9話 その2 斉藤 マキ子さん

    ◆女学生時代は戦争中2  昭和20年になると、私達も学徒動員で日本光学の一番端っこのところに日本通信という会社の分社があ...(続きを読む)

    2月21日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第9話 その1 斉藤 マキ子さん

    ◆子どもの頃のこと  私が育ったのは長尾です。地区分割があり、今は神木本町になっていますが、実家は今もそこにあります。実...(続きを読む)

    2月14日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第8話 その4 大竹 寿一(ひさいち)さん

    ◆久地と下作延をあわせた地域が津田山なんです  津田山に住まいを構えたのは平成元年ですね。緑も多く、住環境としてとてもい...(続きを読む)

    2月7日号

  • まちのこぼれ話

    郷土史には記録されない、たかつの記憶をたどる

    まちのこぼれ話

    第8話 その3 大竹 寿一(ひさいち)さん

    ◆父に「体操では食えん!」と一蹴されました  僕は幼稚園には行きませんでした。小学校は高津小学校に通い、4年生の頃から給...(続きを読む)

    1月31日号

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