海老名むかしばなし 第15話「竜灯の松【2】」
《前回の続き》
舟は木の葉のように揺れ、あがけばあがくほど沖へ沖へと流されて行くのである。懸命にこぎもどそうとするのであるが、自然の力にはとうていかなわない。そのうちにとうとう夜になってしまい、どの方向に舟を進めてよいやらまったく見当がつかなくなってしまった。一寸先も見えぬ大海原をさまよい始めたのであるが、何時間も波風と戦っていたので疲労は募るばかり。ついに力尽きてとうとう舟の中に倒れ伏してしまった。
すると夢うつつの中に日ごろ信仰していた水堂の観音様がお姿を現わされ、同時に竜灯の松をありありとお示しになり、「われいま汝の海難を救わん。この松をこそ目指し、こぎ帰るべし。ゆめゆめ疑うことなかれ」と声高らかにお告げになった。ぱっと目を覚ました漁師は、さては観音様のお導きよ、と勇気を振るい起こしてはるか北方の竜灯の松を目当てにこぎ戻り、難をのがれることができた。
以後この人はますます観音様のご利益を信じ、前にも増して信仰を厚くし、欠かさず月参りを続けた。子孫の方も代々これを見習って今日に至っている。現に今年の三月十七日のご縁日にも献灯料を喜捨して行った。
竜灯の松の写生図に由来を書き添えた大絵馬が本堂に奉納してあるが、樹肌がたいしゃ色に彩色してあるので、赤松であったように思われる。枝下をあらわに高々と、しかもまことに素性よく伸びた姿は、いかにも名木の面目躍如たるものがある。このほか、境内には「里うとう松」と刻み、享保十年(一七二五)に建てられた一メートル足らずの碑が残っているが、これを見てもありし日の霊徳をしのぶことができると思われる。
参考資料/海老名むかしばなし
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