海老名版 掲載号:2019年4月19日号
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海老名むかしばなし 第24話「〈実話〉「忠魂碑」建立記」

 国分清水寺公園の北側の片すみに何やら古めかしい書体で「忠魂碑」と書かれた大きな石碑が立っている。端に「希典書」とありこれは日露戦争の英雄、時の陸軍大将乃木希典の書であることを示している。

 この「忠魂碑」建立にまつわる話を池田博さん(国分)はこう語る。

「これは父から聞いた話です。

 明治三十八年(一九〇五)、日露戦争が終わり、村からも(当時海老名村)多くの戦死者を出しました。私の父も出征しましたが、幸いに生還しました。

 勝利に酔ったひとときも落ち着いたころ、私の父など、日露戦争の生還者を中心に構成された在郷軍人会は、この勝利を見ずに散っていった戦友の霊を弔いたいと、慰霊碑の建立を考えました。

 だれが頼んだのかわかりませんが、恐らくだれかが乃木将軍に依頼したのでしょう。将軍はこの碑のために『忠魂碑』と篆書体(てんしょたい)(碑文などに使われる書体)で書いてくれました。

 それを現在も営業している前場石材店で、高さ約四メートル、幅約一・五メートルの石に刻みました。

 建てる場所は、当時としても有名な高台で、そこの千手観音の信仰も厚かった清水寺とすぐ隣りの龍峰寺両寺の境内と定められました。

 さて、これだけの石碑の土台とする石はとにかく大きなものをと、村内の最も大きな石、つまり往古の相模国分寺七重の塔の軸石が選ばれたのです。これはほぼ長円形で、長径が約三メートル、短径が約二メートルの大石です。(続く)」

参考資料/海老名むかしばなし
 

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