記者のボランティア体験ルポ (中) 被災地へ 炊き出しは"心の交流"
私が一般ボランティアとして参加したNPO法人「キャンパー」は、災害時の炊き出しを専門とする集団。04年の新潟県中越地震の救援活動をきっかけに法人化し、07年の能登半島地震でも炊き出しを行った。
今回の東日本大震災では、宮城県石巻市で行政や社会福祉協議会などと調整を行いながら、3月19日から炊き出しを始めていた。
同団体が活動の拠点とする市立開北小学校は、避難所の一つ。大震災発生直後、一時は100人以上が身を寄せた避難所も、私が行ったときには40〜50人程になっていた。その多くは一人暮らしの高齢者だという。
避難所になっている体育館入口付近に、同団体が設営した白いテントがある。ここで、大型の調理器材を使い、昼夕あわせて1千食の食事を朝8時半から準備する。メニューはご飯、汁物、漬物などをベースに、肉じゃが、カレー、きんぴらごぼうなど。自衛隊の倉庫から運んでくる野菜などを選別して献立を決める。
一回に何十キロもある食材を洗って切ったり、熱い大鍋の移動はきつい重労働ではあったが、全員が真剣な眼差しで、時に笑顔を浮かべながら共同作業を続けた。
●「頑張って」なんて言葉はいらない
炊き出しは、昼食を小学校から車で10分くらい離れた団地で、夕食を小学校でそれぞれ提供する。白い簡易テーブルの上にその日のメニューが大鍋のまま並び、取りに来た人がそれぞれの家族の人数分を伝えてスタッフが器に盛っていく。
最初のうちは慣れない流れ作業についていくのが精一杯。余裕がでてくると「今日は風が強いですね」「夜は眠れましたか」などと声をかけられるようになる。被災者からも「ありがとう」「昨日のきんぴら美味しかったよ」などと言葉が返ってくる。被災者もボランティアも同じ人間。それぞれに区別はないと思う瞬間だ。頑張って生活している人に「頑張って下さい」なんて言葉はまったく必要ない。温かい炊き出しは被災者の心を和ませ、心の交流がお互いの励みになっていると確信した。
(次回へ続く)
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