綾瀬版 掲載号:2018年3月9日号
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〈第40回〉渋谷氏ゆかりのコースを訪ねる40 あやせの歴史を訪ねて 綾瀬市史跡ガイドボランティアの会

 渋谷高重、惣領とはいえ、兄・光重を敬い一族郎党にも深い配慮を示し、領地・領土の開拓保全に精魂を傾けた。鎌倉の府に出仕の折は全身が情報蒐集(しゅうしゅう)の器となっていた。今は2代執権として父・時政を凌ぐ政治家として、権力者としての義時に、幕閣・有力御家人達、言動を慎んでいた。高重とて義時の陥穽(かんせい)が網羅されている事を覚悟しながら、平然と平静を装い執務を果たした。

 憶(おも)えば高重、平治の乱に敗れ奥羽目指して落ち延びて行く途上、邂逅だったのか、意図した出会いだったのか!?佐々木秀義一行との出会い。光陰矢の如し、高重、渋谷一族、佐々木氏との縁で頼朝の麾下(きか)が許され25年の星霜が流れていた。

 高重、領地の巡察の時、好天に恵まれると、馬上より霊峰富士を見入る事があった。ここ渋谷荘は、至る所で富士山が見える贅沢な景色・地域だった。頼朝、平家打倒成った頃、ふと洩らした呟きがあった。伊豆韮山に配流の身であった頃、源氏再興を手の届く距離にあった霊峰富士に、また三島神社に、監視の目を盗み叶わぬ願いと思いつつ、虜囚の身で祈願の日々があったと…。高重、それらの事が走馬灯の様に去来していた。

 今は亡き頼朝、そして己の齢(よわい)、迂闊にも五十路を越えていた。古人曰く、この世は一炊の夢と…。父・重国が営々として築いた渋谷荘、信念と矜持を寡黙の中に秘めて、一族を纏め鎌倉の府に於いても存在感を示していた。高重、今、難しい局面に遭遇を余儀なくされる予感を強く感じていた。畠山重忠、二俣川で北条時政・北条氏に呆気なく討たれた事、暗然と心中に澱(おり)となっていた。

 嘗つて源平合戦・奥羽合戦等々に縦横無尽の活躍をした東国武将、東国の武者だった鎌倉の府の幕閣・要人・有力御家人達、今はその面影を微塵も感じられず、高重、出仕しても所定の業務以外、誰と何の会話をすればその場の雰囲気が保てるのかと苦労した。

 この度の仕置に言及すれば、北条氏の耳目(じもく)があり、親しい御家人達と迂闊な立ち話も、片隅で小声で話す事も憚られた。高重にとって、鎌倉の府は居心地の悪さ、この上もない場所となっていた。今は無為に時を過ごしている場合ではなかった。姻戚・一族・相互の領地領土の争い、交際上の手違い等、何があっても、北条氏・北条一族よりの讒陥(ざんかん)に遭わないよう、鳩首会議を重ねた。

 ただ、畠山重忠が討たれて声を挙げない多くの幕閣・有力御家人達、その中で今は北条氏に、義時に比肩しうる一族は、三浦氏だったが、その中で取り分け和田義盛が祖父・三浦義明の性格を引き継ぎ、剛直清廉の将だった。三浦一族の中でも歯に衣着せぬ言動が危惧されていたが、嘗てその言動に慎重さを求められていた高重すら、義盛の言動に強い危機感を禁じ得なかった。

【文・前田幸生】

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