綾瀬版 掲載号:2018年11月2日号
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〈第47回〉渋谷氏謎のコースを訪ねる47 あやせの歴史を訪ねて 綾瀬市史跡ガイドボランティアの会

 ここは渋谷庄。皐月晴れの空に薫風が吹き渡り、遠望に霞む富士の嶺を雲間に見つめながら、高重と渋谷一族の行く末を語り合った日々を想い、光重、単騎を幸い、慟哭していた。父・重国の深謀遠慮だったか!?長男の自分を差し置いて高重を惣領に据えられた時、光重、父・重国に諄々(じゅんじゅん)と諭され、蟠(わだかま)りはなかったが、一時期呻吟した日々があったが…。厳しく己れを律し、渋谷庄を高重の許で渋谷一族を纏めて来た。今、光重、和田義盛に加担した一族の棟梁として、北条義時の仕置きを受け止めていかねばならなかった。義時、此度の和田氏との戦いに於いて和田氏へ加担した氏族の領土を、例外を除いて闕所(けっしょ)にした。北条家・義時、今は宏大な領土を矜大で強大な権力を掌中にした。渋谷光重、弟・高重の領土を失い、鎌倉幕府に於ける立場を失い、連綿と桓武平氏、秩父平氏としての矜持を保ちつつ、父・重国が築いてきた渋谷庄、大きな痛手を受けた。光重、一時とは言え、惣領として渋谷庄に君臨した高重の存在の大きかった事を想い、暗然とした思いの中、北条義時の次の手を案じていたが…。権力指向、領土欲の強い将だったが、勝者の嗜みはあったのか…!?首謀者和田氏ヘの仕置きは厳しいものがあったが、渋谷氏他の氏族達、明日への希望は繋いでくれた。義時、今は鎌倉幕府に於いて、幕閣に於いて、御家人として圧倒的な地位に就いていた。2代執権・義時、北条家の前途に立ち塞がる障碍を払拭し、鎌倉幕府に勤仕する幕閣、御家人達、膝下に平伏す事となった。鎌倉幕府創業者、源頼朝逝去後、僅か14年の年月だった。今は3代将軍・実朝の代となっていたが、その統治能力は…!?母・政子の意見に素直に耳を傾け、叔父・義時の顔色を窺う将軍だった。ただ和歌(うた)の嗜みは深く、後鳥羽上皇とは、実朝が征夷大将軍の座に就く頃より何かと骨を折ってくれ、公武の融和を図る努力をしてくれた。実朝、後鳥羽上皇とは、和歌を通じ、絆を深め、当時、著名な歌人・藤原定家の薫陶を受けながら、後世にその名を残す金槐和歌集を著す。だが、将軍たる者、統治者たる者、厳然と裁断を下さねばならなかったが、実朝、和歌と蹴鞠に興じ、和田義盛と北条義時の対峙を裁けず、義時の専制政治を許し、幕府創業以来の有能の将・和田義盛、渋谷高重、他の有力御家人を失う。実朝とて有能な傅育(ふいく)の将が近侍してくれていたら…と日和見主義の多くの御家人達も囁き合った事だろう。実の外祖父がいて母がいて2代将軍頼家、実の叔父がいて母がいて3代将軍実朝、何んと悲しい御曹子達なのだろう!?渋谷光重、大きな喪失感の中で、これから先、鎌倉幕府に北条義時に随身して行かねばならぬ事を覚悟していた。

     【文・前田幸生】

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