夕方の三浦海岸駅前。赤提灯が灯ると、一軒の酒場にギターの音色と歌声が響く。「お食事処いしばし」には、月に数回、ギターを抱えた“流し”がやってくる。
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藤好桂佑(ふじよしけいすけ)さん(56・横浜市金沢区在住)は、この4月からキャリアを本格的にスタートさせた新人流しだ。大学卒業後、商社へ就職。数年勤務したのち、鉄鋼業を営む父の会社に入った。中学生で初めてギターに触れ、30代に一度、歌手デビューのオファーもあったというが、仕事や家庭を理由に断念。当時は安定した生活を投げうってまで、音楽の世界に飛び込む勇気はなかったと振り返る。「あくまでも趣味の範囲」。その後は福祉施設の慰問演奏のほか、路上ライブに精を出した。
ある日、三浦海岸駅前での路上ライブ後、ギターケースを抱えて食事に立ち寄った「いしばし」で偶然、ママの玲子さんから声をかけられた。求められるまま歌声を披露すると、想像を超える好感触。たびたび店を訪れてライブを行ううち、楽しさに魅了されていった。
「いつまで元気でいられるか」「これまでやりたいことをやってきただろうか」――。家族が食べていくため、子どもを学校へ上げるため。この30年、いろいろと理由をつけては安定を選んでいた自身の人生を回顧し、ふと疑問を持った。「これからは正直に生きたい。仕事をやめよう」。一世一代の決心をしたのは昨夏のこと。流しの歌手をめざす父の挑戦を家族も応援してくれたという。
「今」にやりがい
現在は「平成流し組合」というギター流しのグループに所属。「流しで一番大事なのは、歌唱力ではなく『ノリ』」と、エンターテインメント性を重視する組合代表の思いに共感し、3月までの見習い期間を経て、新橋や溝の口・相模原地域で活動している。新人ながら前職の経験を生かし、飛び込み営業も慣れたもの。このご時世、店も客もシビアで不安がないと言えば嘘になるが、面と向かって感想が届く今ほどやりがいを感じる瞬間はない。「生かすも殺すも自分次第。それが醍醐味」と笑う。
組合では最年長。20〜30代の若者の多くが明日のデビューを夢見るなか、自分のゴールはここと決め、日々パフォーマンスを磨く。
昭和文化を歌い、つなぐ
藤好さんのまっすぐな歌声と人柄、ポップスからフォーク、演歌、童謡まで幅広いレパートリーに心をつかまれ、店主の石橋政吉さんや常連客もすっかりファンに。転機の地となった三浦。「様々な現場に行くが、ここはとくにお客さんが温かい」と話し、楽しみに待ってくれる人たちの存在は流し冥利に尽きるという。
昭和の大衆酒場で生まれた流し文化は、バブル経済と不景気に翻ろうされながら平成の時代を越え、令和へ。時代は変わるが、根本は不変だ。「人と人の縁をつないで、歌い続けたい」
次回は4月24日(水)、午後4時頃から来店予定。
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