三浦版

コラムの記事一覧

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第16回「菊名左衛門重氏 氏のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     明治時代より以前、神奈川県内に「菊名村」の呼称は二ヶ所ありました。橘樹(たちばな)郡(現在の横浜市鶴見区の一部か?)の「菊名村」は明治の代に合併して「大綱村」...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第15回「琴音海岸のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     私は、毎年の年賀状に新年のあいさつと共に、短歌を添えて諸氏に送っていますが、ある年の賀状に、「海なかに琴を弾ずる岩あると伝へて名付くバス停に立つ」という、拙い...(続きを読む)

  • 100まで元気!健康ワンポイントアドバイス

    連載 第一回「地域包括ケアシステム」

    100まで元気!健康ワンポイントアドバイス

    三浦市社会福祉協議会 成田慎一

     はじめに、私たちは今、一つの覚悟を求められています。 三浦市の介護を取り巻く環境を見渡すと、「このまま安穏としてよいのだろうか」という...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その10 知られざる歴史の舞台

     臨海実験所の建物群のうち、現在利用が中止されている元水族館棟と本館。国際的な交流機関であり、日本の動物学発生の地を象徴する二棟が、このまま取り壊しを待つだけと...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第14回「三樹院のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     「上宮田」の地に「仲今井」という小字(こあざ)があります。その地に「海東山・三樹院」があります。「浄土宗」の寺であって、開山は「照蓮社遍誉上人」で、祀られてい...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第13回「『犬走り』の字名」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     南下浦町上宮田の地にいろいろの字名(あざめい)があります。三浦市の東にあたる「上宮田」の海岸に近く横須賀の津久井一丁目に接する処(ところ)は「今井原...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その9 今そこにある課題

     前回、団ジーンの終戦時点での社会活動家としての業績を紹介しました。本来の発生生物学における研究成果については、改めて後日お伝えすることとし、団夫妻に...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第12回「池代の地」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     『新編相模風土記稿』の「上宮田村」の項に「光信寺」が記されています。  「池代山」と号す。とあって、「所在の小名なり」...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第11回「和田合戦のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     鎌倉期の建暦三(1213)年の二月、信濃国の僧で阿静房安念(あじょうぼうあんねん)という人物が捕えられました。調べの結果、同国の泉親平(ちかひら)が...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その8 戦争終結とその後の2人

     雑音のため聞き取れなかった昭和20(1945)年8月15日の玉音放送。戦争終結を認識できた人はほとんどおらず、ソ連に対する宣戦布告という誤解さえ生じ...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第10回「義盛の篤実さ」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     和田義盛は武勇の人として「弓術八巧手」と呼ばれる達人でしたが、政治家としては融通性に乏しく頑固な面もあったようです。性格的には誠実無比の人柄が御家人...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第9回「義盛と巴御前」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     『三浦古尋録』の中に次のような一文があります。「源平合戦ノ後ハ関東ノ諸大名下々ノ郎等ニ至ルマデ日夜(にちや)酒宴遊興ノミフケリケル(中略)」とあって...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その7 団一族と太平洋戦争の終結

     昭和20(1945)年8月15日、太平洋戦争終結の詔勅が下ります。団ジーンはその報を、箱根仙石原の疎開先で聞きました。その田舎家の母屋には、勝磨の兄...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第8回「矢作と和田城のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     「矢作湊(みなと)」と称していたように、海に臨んで集落が細長く、笹の生い茂る丘上の下に続いている「矢作」の里を題材にした小説があります。講談社発行の...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第7回「矢作のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     『新編相模風土記稿』の「村里部」に「本和田村・和田赤羽村・和田竹之下村」が記され、「和田郷」と唱(とな)えるが、古くは「和田」の一村であって、慶安(...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その6 番外編・団勝磨と井上成美

     昭和20(1945)年8月15日、太平洋戦争終結の詔勅が下ります。  ここで話が逸れますが、この戦争を終わらせるため、...(続きを読む)

  • 三浦の咄いろいろ

    三浦の咄いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド協会 田中健介

     地域の歴史や文化、街並みを描いた文学作品などから、知られざる三浦の横顔に迫る連載コーナー「三浦の咄いろいろ」。今回は、正月特別編として、正月に...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第6回「入江新田のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     『新編相模風土記稿』の「下宮田村」の項のうちに、「湊(みなと)」として、「宮田湊」、「矢作湊」とあり、註して「也波紀美奈度(やはきみなと)、和田村小...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第5回「『三戸』と言うところ その2」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     「三戸」と言う地名について、『三浦市立初声中学校・創立30周年記念誌』の中で、「昔、内田太郎、庄司次郎、海戸五郎と称する豪士ありて村内を分領していた...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その5 団ジーンの生涯【2】

     昭和12(1937)年、新婚旅行を終えた団勝磨・ジーン夫妻は日本へ入国し、横須賀市の住まいが用意できるまで、一時、葉山町にある団一家の別荘にとどまり...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第4回「『三戸』と言うところ その1」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     明治四十三(1910)年七月に発行された『相州三浦三崎案内』のうち、「相模灘の沿岸」の中に、次のように書かれています。「(網代)渡船で対岸に渡って嶮...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第3回「三戸と小網代の渡船」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     明治の代、『金色夜叉(こんじきやしゃ)』を著(あらわ)わした尾崎紅葉との知りあいで硯友社(けんゆうしゃ)に参加したこともあり、観念小説の作家とも呼ば...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その4 団ジーンの生涯【1】

     前述まで団勝磨の生い立ちや東大実験所との関係をご紹介しましたが、今回から日本人と地域の為に尽くした勝磨の妻である団ジーンの崇高な人生について触れるこ...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第2回「引橋の辺り」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     かつての「三崎町」の出入口であった所が「引橋」です。東方に「金田」地区、北方は「下宮田」地区に接する地です。「引橋は三浦一族新井城の要害の地で、敵が...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第1回

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     なぜ「三浦」と言うのだろうと思っていたところ、『三浦古尋録』(文化九(1812)年秋八月、加藤寿子楽著)の中に「三浦ハ周海(しゅうかい)の地ニシテ北...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その3 団勝磨のメッセージの行方【2】と生い立ち

     既出の日米海洋学者の友情物語は、タイム誌の記事を引用する形で、日本でも雑誌「リーダーズ・ダイジェスト」に掲載されました(後日紹介)。...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その2 団勝磨のメッセージの行方【1】

     八月二十九日、米国先遣隊と実験所の接収について打ち合わせをした時点で、勝磨は後続として、その日に爆破部隊が来ることを知りました。それで前述の書き置き...(続きを読む)

  • 三浦の散歩道〈第136回/完〉

    三浦の散歩道〈第136回/完〉

    みうら観光ボランティアガイド協会

     『新編相模風土記稿』(江戸期の天保十二(1841)年完成)によりますと、かつては、和田村の中、「高円坊」と号する寺があって、その寺の辺(あた)りの地...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    その1 進駐軍に示した海洋学者の気概 

     東京大学三崎臨海実験所。その建物は三浦半島の突端、油壷湾に面して立っています。歴史と由来は古く、彼(か)のモースによる海洋学建学の流れを継ぎ、昨年開...(続きを読む)

  • 三浦の散歩道〈第135回〉

    三浦の散歩道〈第135回〉

    みうら観光ボランティアガイド協会

     初声町における「庚申塔」の造塔数は136基もあるということで、そのうち「高円坊」地区では、40%を占める55基もあるということです。(鈴木喜代司氏著『初声町の...(続きを読む)

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