三浦版

コラムの記事一覧

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第21回「剣崎のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     「剣崎」の名称について、次のような話が伝えられています。  江戸時代の万治年間(1658〜61年)のこと、幕府の官材を...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その13 箱根仙石原の足跡を訪ねて

     私は団ジーンの足跡をたどるべく、戦時中から昭和20(1945)年10月まで子供たちと疎開していた、団一家の別荘のあった箱根仙石原の疎開先の今を訪ねて...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第20回「松輪(剱崎)灯台のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     前回に記した若山牧水の『岬の端』の中に、次のような文があります。 「松輪への路を訊(き)くと、芋畑の中に爺さんが伸び上がって、その電信...(続きを読む)

  • 100まで元気!健康ワンポイントアドバイス

    連載

    100まで元気!健康ワンポイントアドバイス

    三浦市社会福祉協議会 成田慎一

    第三回「オーラルフレイル(口腔ケア)     オーラルフレイルの2回目...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第19回「静かな入江の東京湾?」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     「しら鳥はかなしからずや海の青そらのあをにもそまずたゞよふ」と詠じた若山牧水は、夫人の病気療養のため横須賀の長沢に転居して来たのは、大正四(1915)年の三月...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その12 今に残る団ジーンの足跡

     既出のとおり、戦時中は箱根に疎開していた団ジーン。これまで戦火を避けてのことと言われてきましたが、この事情を知る人の話では、敵性外国人であるジーンを軍港横須賀...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第18回「海上交通のこと【1】」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     「京急電鉄」が創立百二十年を迎えるとのことですが、「三浦海岸駅」まで開通したのは、昭和四十一(1966)年のことです。それまでは、「京急久里浜駅」からバスが「...(続きを読む)

  • 100まで元気!健康ワンポイントアドバイス

    連載 第二回「オーラルフレイル(口腔ケア)」

    100まで元気!健康ワンポイントアドバイス

    三浦市社会福祉協議会 成田慎一

     自助を強化するための各論の1回目。まずは、新しい概念「オーラルフレイル(口の衰えを指す新概念)」の話をしたいと思います。...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その11 日米つなぐ位相差顕微鏡

     話は再び団ジーンに戻ります。先日、ジーンの長女である「団みか」さんから快報が届きました。ジーンが三崎臨海実験所からお茶の水女子大を通じて愛用していた位相差顕微...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第17回「飴屋踊りのこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     北原白秋の随筆『漁村の秋』の中に、次のような文章があります。 「色々の紅い小旗を挿(さ)した盥(たらい)のやうなものを頭に載せて、女の...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第16回「菊名左衛門重氏 氏のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     明治時代より以前、神奈川県内に「菊名村」の呼称は二ヶ所ありました。橘樹(たちばな)郡(現在の横浜市鶴見区の一部か?)の「菊名村」は明治の代に合併して「大綱村」...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第15回「琴音海岸のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     私は、毎年の年賀状に新年のあいさつと共に、短歌を添えて諸氏に送っていますが、ある年の賀状に、「海なかに琴を弾ずる岩あると伝へて名付くバス停に立つ」という、拙い...(続きを読む)

  • 100まで元気!健康ワンポイントアドバイス

    連載 第一回「地域包括ケアシステム」

    100まで元気!健康ワンポイントアドバイス

    三浦市社会福祉協議会 成田慎一

     はじめに、私たちは今、一つの覚悟を求められています。 三浦市の介護を取り巻く環境を見渡すと、「このまま安穏としてよいのだろうか」という...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その10 知られざる歴史の舞台

     臨海実験所の建物群のうち、現在利用が中止されている元水族館棟と本館。国際的な交流機関であり、日本の動物学発生の地を象徴する二棟が、このまま取り壊しを待つだけと...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第14回「三樹院のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     「上宮田」の地に「仲今井」という小字(こあざ)があります。その地に「海東山・三樹院」があります。「浄土宗」の寺であって、開山は「照蓮社遍誉上人」で、祀られてい...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第13回「『犬走り』の字名」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     南下浦町上宮田の地にいろいろの字名(あざめい)があります。三浦市の東にあたる「上宮田」の海岸に近く横須賀の津久井一丁目に接する処(ところ)は「今井原...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その9 今そこにある課題

     前回、団ジーンの終戦時点での社会活動家としての業績を紹介しました。本来の発生生物学における研究成果については、改めて後日お伝えすることとし、団夫妻に...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第12回「池代の地」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     『新編相模風土記稿』の「上宮田村」の項に「光信寺」が記されています。  「池代山」と号す。とあって、「所在の小名なり」...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第11回「和田合戦のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     鎌倉期の建暦三(1213)年の二月、信濃国の僧で阿静房安念(あじょうぼうあんねん)という人物が捕えられました。調べの結果、同国の泉親平(ちかひら)が...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その8 戦争終結とその後の2人

     雑音のため聞き取れなかった昭和20(1945)年8月15日の玉音放送。戦争終結を認識できた人はほとんどおらず、ソ連に対する宣戦布告という誤解さえ生じ...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第10回「義盛の篤実さ」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     和田義盛は武勇の人として「弓術八巧手」と呼ばれる達人でしたが、政治家としては融通性に乏しく頑固な面もあったようです。性格的には誠実無比の人柄が御家人...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第9回「義盛と巴御前」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     『三浦古尋録』の中に次のような一文があります。「源平合戦ノ後ハ関東ノ諸大名下々ノ郎等ニ至ルマデ日夜(にちや)酒宴遊興ノミフケリケル(中略)」とあって...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その7 団一族と太平洋戦争の終結

     昭和20(1945)年8月15日、太平洋戦争終結の詔勅が下ります。団ジーンはその報を、箱根仙石原の疎開先で聞きました。その田舎家の母屋には、勝磨の兄...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第8回「矢作と和田城のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     「矢作湊(みなと)」と称していたように、海に臨んで集落が細長く、笹の生い茂る丘上の下に続いている「矢作」の里を題材にした小説があります。講談社発行の...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第7回「矢作のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     『新編相模風土記稿』の「村里部」に「本和田村・和田赤羽村・和田竹之下村」が記され、「和田郷」と唱(とな)えるが、古くは「和田」の一村であって、慶安(...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その6 番外編・団勝磨と井上成美

     昭和20(1945)年8月15日、太平洋戦争終結の詔勅が下ります。  ここで話が逸れますが、この戦争を終わらせるため、...(続きを読む)

  • 三浦の咄いろいろ

    三浦の咄いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド協会 田中健介

     地域の歴史や文化、街並みを描いた文学作品などから、知られざる三浦の横顔に迫る連載コーナー「三浦の咄いろいろ」。今回は、正月特別編として、正月に...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第6回「入江新田のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     『新編相模風土記稿』の「下宮田村」の項のうちに、「湊(みなと)」として、「宮田湊」、「矢作湊」とあり、註して「也波紀美奈度(やはきみなと)、和田村小...(続きを読む)

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第5回「『三戸』と言うところ その2」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     「三戸」と言う地名について、『三浦市立初声中学校・創立30周年記念誌』の中で、「昔、内田太郎、庄司次郎、海戸五郎と称する豪士ありて村内を分領していた...(続きを読む)

  • 東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    東京大学三崎臨海実験所異聞〜団夫妻が残したもの〜

    文・日下部順治その5 団ジーンの生涯【2】

     昭和12(1937)年、新婚旅行を終えた団勝磨・ジーン夫妻は日本へ入国し、横須賀市の住まいが用意できるまで、一時、葉山町にある団一家の別荘にとどまり...(続きを読む)

宅建協会 横須賀三浦支部

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