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三浦の咄(はなし)いろいろの記事一覧

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第64回「三浦古尋録その【3】」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     「三浦七石」のうち、「網代金鳴石」と記されている石があります。  書の中には「鎮守白髭明神」とあって、「此(この)明神...(続きを読む)

    8月7日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第63回「三浦古尋録その【2】」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     前回に述べた「安房口神社」のことについて、神社の境内に由緒が記されています。それには、「御神体の霊石は、その昔、安房国洲崎明神に竜宮から献上された大...(続きを読む)

    7月24日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第62回「『三浦古尋録』より三浦の七石【1】」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     『三浦古尋録』の初めの方に「三浦の何々」と記されている箇所があります。今回、そのうちから「三浦七石」の部を追ってみようと思います。...(続きを読む)

    7月10日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第61回「『三浦古尋録』より」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     前回に記載された『新編三浦往来』のなかに、海南神社に於いて正月十六日に「大百万遍ヲ興行、賑ナルコト大祭ノ如シ」とありましたが、それに関わることが『三...(続きを読む)

    6月26日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第60回「『新編三浦往来』より」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     この書は江戸時代の天保十五(1844)年の初春に書かれたもので、三浦半島の名所旧蹟、産物などを児童に教えるために書いたものです。著者は横須賀市大津の...(続きを読む)

    6月12日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第59回「油壷のこと【3】」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     道寸公の墓を参拝した後、川上眉山は油壷の海辺へと歩を進めます。そのことを次のように記しています。  「丘を下り、浪(な...(続きを読む)

    5月29日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第58回「油壺のこと【2】」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     三浦荒次郎の墓にお参りした川上眉山は、路傍の木の枝を花の代(かわ)りに供え、ひと傾(かたむけ)の酒をかけて墓前を去りました。波の音を近くに聞きながら...(続きを読む)

    4月17日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第57回「油壺のこと【1】」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     小網代に渡った眉山は冬の寒さに耐えられず、酒を求めて油壷の地をめぐるのであります。  「いと寒ければ、酒ある家に就(つ...(続きを読む)

    3月20日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第56回「三戸から小網代へ」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     「三戸」の地に宿泊した川上眉山は翌朝に寝覚めたことを次のように記しています。  「日の影襖(ふすま)を洩(も)るるに驚...(続きを読む)

    2月21日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第55回「ふところ日記【1】」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     明治三十(1897)年一月から三月にかけて、『読売新聞』に掲載された川上眉山(びざん)の「ふところ日記」に次のように記されています。...(続きを読む)

    2月7日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第53回「諸磯のこと【2】」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     北原白秋が三崎に転居してきたのは大正二年の四月下旬でした。白秋の父母、弟妹そして、最初の妻となる俊子をむかえ、一家をあげて三崎の向ヶ崎に住んだのでし...(続きを読む)

    12月13日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第52回「諸磯のこと【1】」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     「二町谷」を通り抜け西海岸の道を行くと浜諸磯に至ります。  「諸磯」の地について、『三浦市区長会・二十五年のあゆみ』(...(続きを読む)

    11月29日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第51回「隣松庵のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     明治時代の末から大正にかけて白石の地は避暑客が多く、どの家も客が溢(あふ)れていたと言われています。この人達を土地の人は「潮湯治(しおとうじ)の人」...(続きを読む)

    11月15日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第50回「見桃寺のこと【3】」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     「見桃寺」の庭に、北原白秋の歌碑があります。これは、昭和十六年十一月二日に、白秋、ご自身が除幕式に出席されています。この歌碑は白秋にとっての第一号になりま...(続きを読む)

    11月1日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第49回「見桃寺のこと【2】」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     「見桃寺の開基(創立した人)は、向井兵庫守政綱で、創建されたのは天正年間(1573年〜91年)である旨は、前回に記しました。...(続きを読む)

    10月18日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第48回「見桃寺のこと【1】」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     「歌舞島公園」の地は「三浦市白石町」と呼ばれる地域です。江戸期には「二町谷(ふたまちや)村」と呼ばれた「三崎分村の一なり」(『新編相模風土記稿』)と...(続きを読む)

    10月4日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第47回「歌舞島のこと【2】」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     『北条九代記』(二巻、成立年代は不詳ですが、1183年〜1332年〈寿永二年〜正慶元年〉)は、鎌倉幕府の補任や年中行事を中心に編年体で記されているもの。と...(続きを読む)

    9月20日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第46回「歌舞島のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     鎌倉時代、将軍頼朝を初(はじ)め代々の将軍が三崎の地を訪れています。『吾妻鏡(あづまかがみ)』(1180年〜1266年に至る鎌倉幕府の事績を記した史書)に...(続きを読む)

    9月6日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第45回「城村のこと」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     江戸時代、約十年の歳月を費やして、天保十二(1841)年に完成された『新編相模風土記稿』(全六巻)の中に、「三崎町」(美佐木末智)の項があって、小名(小字...(続きを読む)

    8月23日号

  • 三浦の咄(はなし)いろいろ

    連載 第44回「海南神社のこと【9】」

    三浦の咄(はなし)いろいろ

    みうら観光ボランティアガイド 田中健介

     神社の鳥居を入るとすぐの左右に、小さな祠(ほこら)があります。右側が、「御霊(ごりょう)神社」で、左側が「疱瘡(ほうそう)神社」です。...(続きを読む)

    8月9日号

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