経済学者の井手英策さん(44)と宮大工棟梁の芹澤毅さん(45)が、各々の生業を通して小田原での暮らしを見つめる対談。一つのものごとを究めるには、広い視野で、手腕や方法の選択肢を持つことが求められていると説く4回目。
井手 小田原の人たちがよく使う「やんべえよ」という言葉がありますね。まず方言があるというのが、温かい気持ちになります。
芹澤 「やんべえよ」の精神で感じていることがあります。ものごとは理論化されて、方法論が決まって、そのあとに行動、というのが一般的な解釈です。でも僕たちのように職人や大工の世界で自然の生き物を相手にしていると、その解釈が通用しない時がある。一瞬一瞬で判断して手を下すことが必要な場合が多々あります。だから「まずはやんべえよ」という言葉を僕らは使うんです。
人にも木にも感じる心があり、それぞれ育った環境も違うことを理解しないといけない。僕らの仕事は結果が全てです。普通の生活では「一生懸命にやる精神が素晴らしい」というのは通用するのだけど、大工という仕事においては、うまくできて当たり前。だけどその当たり前のことをやるには、一生の修業が大事であって、理論だけでは解決できないことがたくさんあります。事実しか信用できない。
その事実はどこにあるかというと、「100年持たせる家を作ってください」と頼まれた時に、計算するんじゃないんです。100年、200年建っている家を見に行き、自分がやっていることと照らし合わせて、答えを見つけてくるんです。材料や仕事の内容、環境までも含めて、先人たちの仕事という、確かな証拠を信用するということが我々の職には大切です。人の書いた理論や設計図が全く信用出来ないとは言わないまでも、もっと奥深いものを確かめなければ、私たちの仕事は成り立たないんです。
井手 僕は経済学を教えています。人間が自然に手を加えて、支配して、商品に作りかえて人に売る、というのが経済です。いまの芹澤さんの話は、経済とか資本主義とか言われる、今の世の中の基本になる考え方とは最も遠いところにありますね。つまり自然は支配できないし、分からないから、自然に寄り添って生きるなかでどのように自然を生かすのか、ということが、人間の幸福につながるか。自然を幸せにすることが、人間の暮らしの幸せにつながるイメージですよね。
僕は教育者として、一つの教育理論で人間を幸せにできれば、こんなに楽なことはありません。視野を広く持ち、各人や時代に応じてベストな方法を考えるのが教育の基本だけれども、みなに対して細かな目配りをしていくことも大事です。
芹澤 なにが大事かという選択肢がたくさんあることが大切ですね。自分の持っている材料や方法論が無限大に広がっていくことが、学者や職人にとっての勉強の糧になっていく。一つのことを究めようと思うと、ものをたくさん知って判断することが求められますよね。=次号に続く
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