経済学者の井手英策さん(44)と宮大工棟梁の芹澤毅さん(45)が小田原城銅門で行った対談の最終回。学者として、職人として、歴史の重みを認識しながら、自分たちの暮らしと街をつなぐ責任を実感する二人から、今日より明日をよくするために、わたしたちが考えるべきこととは。
井手 なにかを決めることは「背負う」ということですよね。リスクを背負って、自分の思いで人生を決めるということ。教育の現場で、いまの子どもたちはリスクを背負うということをしないままに大きくなっている、と感じます。リスクを負わずに大学まで来ると、自分で選んだことのために自分の人生を賭けるんだという責任を背負うことがない。
芹澤 責任を背負うことが苦手になり、ルールブックに委ねてしまうような社会を作り上げてしまいましたよね。誰かが責任や義務を果たせば済むことなのに、自分たちが作り上げたルールで自縛してしまっている。
大事なことをやろうと思ったらものすごい決意が必要で、僕も毎日と言っていいほど、そういうことに直面しています。毎日心が砕けながらも、井手さんのように共感できる人に言葉で勇気をもらって、の繰返し。
いろいろな知恵を集めてできた方法論というのが天守閣の事業であり、小田原市から熊本城への寄付を取り上げた井手さんの記事(朝日新聞/平成28年6月30日朝刊)であると思います。自分が犠牲者になって物ごとに風穴をあけるのが大事なのか、人と一緒になにかを生み出すことが大事なのか。果たしてそれだけの時間が自分にあるのか、という境遇で毎日を過ごしています。
井手 なにかを背負って世の中をよくしたいという気持ちを持つ人は、自縄自縛になっている自分を解き放ち、思いを持って、何かを背負って、リスクをとってやろうという気持ちになれるんだと思います。今日より明日、あすよりその次の日がもっとよくなるという思いで毎日修業しながら、歴史の重みや先人たちの努力を一日ごとに背負いこんでいく。「やんべえよ」の精神も、失敗するかもしれないけれどやってみよう、という心意気が滲み出た言葉ですよね。
芹澤 なんとかしようという原動力が自分のためではなく、誰かの、なにかのために頑張るエネルギーなんでしょうね。
井手 いま日本で「わたしたち」という言葉が失われつつあるなと感じます。テレビや新聞で発言して、ネット等でぼろくそに批判されても、言わなきゃいけないことがあります。結局、「背負う」というのは歴史の重み、先人たちの努力とか社会の厚みというもので、それは伝統であり文化であり、歴史的な堆積物です。
小田原にいて感じるのは、小田原市民はみな、この感覚を背負ってるのではないかということ。この街で生まれ、育ち、命を終えるまで近くにお城があり、この街のために、今日よりちょっとでいいから素晴らしい明日になってほしいと思う人たちがたくさんいますよね。
小田原ってなにが一番すごいんだろうと考えたら、お城に表現されるような、歴史の重みだと思うのです。
芹澤 なかなか分かりづらかった歴史の重みを表現するのに、衝撃的な「思い出」というキーワードに直面しました。「思い出」という言葉に置き換えれば、大事なことが分かるし、共感しあえると思うのです。
井手 朝日新聞の記事のキーワードは「共感」でした。共感がない社会では、他人のことを想像したり、痛みを理解したりできない。僕は財政を専門にやっていますが、税金が「わたしたちのため」に使われているんだと思って共感できたときに、税は生きてくる。
今回の話の一番のポイントは「みんなの共通点」。心に残る思い出とは、同じように時間を過ごし、物ごとを考え、さまざまなことを分かち合って生きている家族との思い出ではないかと。
芹澤 普段まったく互いに未知の世界で過ごす僕らの今日の対談は、不思議ですね。でも僕は最初に井手さんに会った時、「この人は自分に近い目を持っているから、ぶつかって行っても大丈夫だ」と思いました。だから自分のことを話した。そうしたら井手さんも共鳴してくれた。
精神的な苦痛を解き放って、生きやすい世の中にしようという姿勢を、井手さんの本から学びました。そこに共感して、信じているから自分の意見をぶつけて対談になっているのです。
こんなに距離感がある人でも、共通のキーワードがあれば話ができて、次にはなにか行動に移れるかもしれないということを知ってほしいです。
井手 「何が同じか」、というのが今日のキーワードだったんだと思います。
僕は毎年御輿を担ぐんですが、とっても親切なんだけどパッと見、ちょっと怖そうな集団っているんです。でも腹を割って話せば距離が縮まる瞬間がある。同じような香りや空間を感じる瞬間。互いになにが同じか考えることだと思うのです。
芹澤 僕と井手さんは目に見えないもので響きあっていると思うし、それを感じています。もっとつながりを濃くしたいので、僕たちは自分を磨かなければならない。互いに職人と学者で磨き上げて、それが3人4人と増えていって、育てていけたら。
井手 芹澤さんは自分の閉じられた世界だけじゃなくて、あちこち顔を出して関係を結びますよね。その気持ちはどこから来るのでしょう。
芹澤 僕も含めて社会が不安で仕方ない。他人を潰して自分だけが残る競争社会がダメだということは、これまでに見てきました。明日メシを食うためには、周りをよくしていかないと、自分は絶対によくならないという確信があります。時には歯がゆいこともありますが、運命共同体のようなものだと思っています。(了)
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