小田原版 掲載号:2018年6月30日号
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ようげつ、「おわり」を決断 7月7日、67年の歴史に幕

経済

代表の井上喜司さん(左)と弟の浩文さん
代表の井上喜司さん(左)と弟の浩文さん

 お堀端通りに1951年創業、ダイヤ街店を1996年に開店した「レストランようげつ」。地域に密着した親しみやすい飲食店として人気の同店が7月7日(土)、惜しまれつつ創業67年の歴史に幕を閉じる―。

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 戦後間もない頃、お堀端通りにクッキーや煎餅などを販売する小売菓子店として「ようげつ」は誕生。その後、店の一角に設けた小さい喫茶スペースがレストランの起源だ。当時まだ中学生だった井上喜司代表(69・フロア担当&マネージャー)によると「東京のホテルから一流のコックさんを呼んでね。本格的なレストランとして『ようげつ』が生まれ変わったのは昭和38年頃だったかな」。

 やや照明を落とした店内に思わずくつろいでしまうBOX席。ハンバーグの味や淹れたてのコーヒーの香りが懐かしく思い出される人も多いだろう。「近くの会社にはコーヒーを運んだりもしましたよ」と懐かしそうに話す喜司さん。その店も2006年、建物の老朽化をきっかけに閉店した。

 学生時代から店でアルバイトをしていたという弟の浩文さん(66・調理担当)は「つらい時期もありましたが、面白かった。何より、色んな人たちの思い出がつまったレストランに自分が関わることができてうれしい」と微笑んだ。

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 「女性が一人でも入れるパスタの店を」の思いで開店したダイヤ街の「ようげつ」。フレンチにイタリアン、一流シェフの味を気軽に楽しめるとたちまち評判に。「お客様に喜んでもらえれば」と料理のジャンルにはこだわらず、ステーキもあれば甘味もある、そんな飾らないところも魅力の一つだった。店内の一角では、サークル団体らの写真や絵画の作品展が開かれ、夜にはライブハウスへと変身。地域のさまざまな人たちが店に集った。

 長い年月が流れ、共に働いてきた仲間も次第に高齢に。後継者はおらず、新しい人材ではあうんの呼吸も、「ようげつ」の味も持続できないと喜司さんは閉店を決断。6月、入口に感謝の思いをつづったお知らせを掲示した。閉店を知った人たちから「さみしい」の言葉とともに「お疲れさま」「ありがとう」の言葉もたくさん向けられた。喜司さんは「お客さまのおかげで、長く続けることができました。幸せです」と穏やかな口調で語った。

 7月7日、同店は通常通りに営業。静かに「おわり」の時を迎える。
 

お堀端通りの「ようげつ」(1994年撮影)
お堀端通りの「ようげつ」(1994年撮影)

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