小田原版 掲載号:2019年3月9日号
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家族に誓い、巣立つ春 モンゴル人留学生が卒業、次の舞台へ

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3年間戦い抜いたチョイジル君(左)とダライ君
3年間戦い抜いたチョイジル君(左)とダライ君

 親元を離れ、見知らぬ土地で3年間、学業と相撲道に邁進したモンゴル人留学生の2人が今春、第2の故郷小田原を巣立った。張ちきれんばかりの制服に身を包み、晴れやかな表情で式に参加したのは、3月1日に旭丘高校を卒業したバトジャルガル・チョイジルスレン君とシャグダルスレン・ダライバートル君。保護者席からは、3年ぶりに会う双方の両親が息子の晴れ姿を見守った。

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 5人兄弟の中で一番大きい5250gで生まれたダライ君は「痛い時辛い時も弱音を吐かない子だった」と母・ツェルマ・ナランツェツェゲさん。12歳で家を出て柔道に励み、日本への相撲留学も自ら決めてきた。水野浩理事長、岸田光弘監督と会い「先生方に任せられる。息子を信じよう」と、父・ナムスライム・シャグダルスレンさんは背中を押して送り出した。

 一方、数学に打ち込んでいたチョイジル君は、父の知人から選考会の話を聞き、急きょ参加を決めた。自宅と開催地ウランバートルとの距離は1400Km。急いで航空券を取りにいくと、偶然1枚だけ残っていた。「彼はあの時幸運を掴んだんだ」。父・ニャムジャブ・バトジャルガルさんは懐かしそうに目を細める。

 来日してからは戸惑いの連続だったと話す2人。立った姿勢のモンゴル相撲とはまるで違う日本の相撲を、ゼロから始めた。言葉が通じない中で洗濯など自立した寮生活も必要だった。チョイジル君の母・エルデニ・ラハィジャブさんは「最初の半年は毎日泣いて暮らしていた」と明かす。そんな親子を思い、岸田監督と妻・倫恵さんは「寂しい思いをさせないよう日本の家族になろう」とモンゴル語の本を片手に懸命に支えた。正月も帰省しない2人を連れ、家族で年越しそばを食べに行くなど日常に寄り添った。

 「最初は辛い気持ちが9割だった」とチョイジル君。だが言葉を覚え、相撲を覚え、3年間でみるみる成長を遂げた。ダライ君が全国新人戦で3位に入ると、チョイジル君は高3のインターハイで準優勝。国体では共に神奈川チームに入り、県勢初となる準優勝に導いた。こうした活躍は国際電話を通じ、離れた両親の元へ届けられた。

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 そして卒業式を目前にした成田空港でついに3年ぶりの再会を果たした。送り出した時からそれぞれ体重は2倍ほど増え、一回り以上大きくなった息子。シャグダルスレンさんは「立派な姿に感動した」と驚き、ラハィジャブさんは「抱きしめたけど腕が回らなかったわ」と泣きながら笑った。

 式を終えた夜、3年間欠かさず晩御飯を提供し続けた『あぶりや』で送別会が開かれた。共に稽古に励んだ後輩、学校生活を支えた教員、地域の応援者、そしてモンゴルと日本「それぞれの両親」。涙は見せず、いつものように大飯を喰らい、笑い、全員が一つの家族になった瞬間だった。

 「こんなにも愛し、応援してくれる人がいる事を心に刻んで、夢にまっすぐ進んでくれたら」と生みの親は語り、日本での育ての親は「感恩戴徳を忘れず今後も勇往邁進してほしい」と説いた。「大学で日本一になり、恩返しができたら」と揃って口にした2人。それぞれの教えを胸に、春からは日本体育大学に進学して、高校で掴めなかった綱取りに挑む。最高の親孝行をするために。

成田空港で感動の再会。写真中央は岸田監督
成田空港で感動の再会。写真中央は岸田監督

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