語り継ぐ戦争の記憶 本土決戦の緊張伝える壕

社会

掲載号:2019年7月6日号

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特殊地下壕とみられる硬い岩壁に掘られた8畳ほどの穴
特殊地下壕とみられる硬い岩壁に掘られた8畳ほどの穴

 太平洋戦争終結から74 年。戦争を知らない世代が増える一方、戦争体験者は減少の一途をたどる。本コーナーでは当時の様子を後世へ継承すべく、小田原市や足柄下郡に住む体験者らの証言をもとに、身近な視点から戦争の記憶をたどる。

 1945年3月26日、米軍が慶良間諸島に上陸。3カ月で20万人を超す犠牲者を生むことになる沖縄戦の火ぶたが切られ、いよいよ本土決戦が現実味を帯び始めた。

 これに備えて対策を進める日本軍は、米軍の上陸地点を関東や南九州と想定。相模湾から侵略する米軍を三方から迎え撃つべく、足柄平野を囲む丘陵地に3つの歩兵連隊を配置した。駐留する兵士はおよそ8000人。周辺の国民学校や寺を宿舎に活動を始め、弾薬や武器を保管する特殊地下壕(陣地)も各地に掘られた。

 小田原市が73年に行った実態調査によれば、市内に残る地下壕跡は27カ所。この記録には記されていないが、宝泉寺(小田原市風祭)の本堂脇の岩壁にぽっかり空いた穴もその一つと考えられるものだ。棚を支える丸太の差込口とみられる壁の窪みは、資材を保管する地下壕に見られる特徴。戦争史の調査研究を行う「戦時下の小田原地方を記録する会」事務局長の井上弘さんは、「規模からしても地下壕だろう」と確信する。



 住職の原宗寛さん(68)は戦争を知らない世代で、地下壕は少年時代の遊び場。亡き父にその由来を尋ねたことはなかったが、本土決戦に備えて本堂で兵士が寝泊まりしていたことを聞かされていた。戦後しばらくして、元兵士たちが「昔お世話になった」と懐かしそうに寺を訪ねてきた姿が今も記憶に残る。

 戦国時代に砦の役割を果たし、北条攻めの際に焼き討ちにあった過去もある宝泉寺。時代は変わり、現在はチャリティーコンサートが毎年催され、今春も本堂に美しいフルートの音色が響いた。「戦争ではなく、これからも人助けとしてお寺が地域の役に立てればいいですね」

本コーナーでは小田原市・足柄下郡に住む戦争体験者の声を募集しています。体験した地域は問いません。情報は小田原・箱根・湯河原・真鶴編集室【電話】0465・35・3980へ。

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