青葉区版 掲載号:2018年8月23日号 エリアトップへ

介護との上手なつきあい方

社会

掲載号:2018年8月23日号

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 夫である映画監督の故大島渚さんを、17年間にわたり介護し看取った女優の小山明子さん。振り返れば精神的にも体力的にも大きな負担があったといいます。自分が疲弊しないためのアドバイスは、ひとりで悩みを抱え込まないこと。介護との上手なつきあい方を語ってもらいました。

その日は突然やってきた

 1996年2月。大島が渡航先のロンドンで脳出血を発症し、右半身のマヒと言語障害が後遺症として残りました。これが17年に及ぶ長い介護生活の始まりです。当時は私も大島も女優と映画監督として現役バリバリでしたから、青天の霹靂でした。私はすぐに女優の仕事を断ち看病に専念しましたが、環境の変化に戸惑い自分自身が鬱病を患い、何をどうすれば良いか分からず悩み苦しみました。

 なんとか鬱を克服して介護を続けていると、大島は奇跡的に回復して、99年には映画「御法度」を完成させ監督復帰を果たしました。しかし、2年後に十二指腸潰瘍で再び倒れて入院。容体は悪化し、「要介護5」の認定を受けました。

 4カ月の入院生活で、生死の境をさ迷う姿を見守り、どん底のような日々を味わいました。病気や夫とどう向き合うべきか悩む中、ある本の言葉に感銘を受けました。それは『過去の業績や肩書きに対する執着を手放し、新たなスタートラインに立ったつもりで、前向きに生きていくことを心がけましょう』と心構えを説いたものです。そこで私は覚悟を決めたのです。映画監督だとか女優だとか、そんな過去のイメージを全て捨てて今を受け入れようって。

在宅介護を決意した理由

 最初は、住み慣れた我が家で最後を迎えさせてやりたいという一心でした。入院中に生きるか死ぬかという状態から立ち直りましたが、要介護5で起き上がることも食事を取るのも難しいという厳しい状態で連れて帰り、一からの在宅介護はとても大変でした。でも結果的に家で介護を続けたことが回復につながったと思います。大島は食事がとれるようになると、みるみる元気になりました。4月に退院して、その年の夏、暑かったので「パパ、ビールでも飲みますか」ってふざけて聞くと、大島は「当然」と答えたんです。ビールなんて本当はいけないんですよ。でも「当然」という言葉に、生きることへの意欲を感じました。

 大島には「こんな体で生きていてもしょうがない」と思わせたくありませんでした。「生きていれば楽しいことがある」と思ってほしかった。だから、どうしたら大島が一日楽しく生きられるかが私のテーマになりました。長い介護生活でしたが、その一日一日の繰り返しで続けていくことができたと感じます。

介護サービスが助けに

 在宅介護はゴールが見えない戦い。自分一人ですべてを賄うことは不可能です。多くの人の手を借り、助けられました。当時、介護保険制度がスタートしたということもあり、ケアマネジャーと相談しながら様々な介護サービスを活用しました。入浴などの身体介助や訪問リハビリはもちろん、ベッドや床ずれ防止のマット、車いすへの移動に使うリフトも介護保険で借りました。私は女優を引退していましたから、介護保険が使えたことは経済的にもとても助かりました。

 私と同じような境遇の人や一生懸命に介護している方は大勢いると思いますが、無理をせずに専門家に相談してください、親身にサポートをしてもらえるので、介護も絶対うまくいきます。もちろん、すべて他人任せにするということではありません。私自身、大島の血圧や血糖値のチェック、食事の管理などを毎日行っていました。日々の生活に介護サービスを上手に取り入れて心身の負担を軽減させる。ひとり(家族だけ)で抱え込まないことが大事です。

自分の時間を持って息抜きを

 介護に真っ向から立ち向かおうとしてはだめ。自分の時間を持って息抜きをすることが必要です。私は、水泳や絵画の教室に通うことでリフレッシュしていました。少しの時間でも誰かに会って愚痴をこぼすとか、情報交換することでもリラックスできます。

濃密な時間を過ごした

 2013年1月、大島は長い闘病生活の末に逝きました。一緒に過ごした3分の1が介護生活。振り返ればそれも含めて濃密な時間でした。私は大島が今日1日を楽しく生きてもらいたいと介護を続けてきましたが、それが大島のためで私のためでもあった。人の幸せは自分の幸せなんだと実感しました。

 大島が亡くなりもう7回忌。私は83歳になり、介護されないように頑張っています。水泳は今も続けていますし、童謡を歌う会に参加したり、3年前から麻雀も始めました。大島が逝った後から始めた、東日本大震災被災地の支援活動は私のライフワークです。今がとても充実しているのは、自分の楽しみもありますが、人のために生きようとしているからなのだと思います。
 

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