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瀬谷区 コラム

公開日:2020.09.24

〜『瀬谷区の歴史地名ガイドマップ』をもとに〜 連載
地名で読み解く瀬谷の埋もれた歴史
第6回 地形から見た瀬谷の地名と村の様子(その1)文/横浜・瀬谷地図くらぶ 田中常義

  • 【上図】明治15年「迅速測図」に土地利用を彩色(黄色:田圃、茶色:畑)【下図】「瀬谷区歴史地名ガイドマップ」2009の一部

 瀬谷区制40周年で製作した「歴史地名ガイドマップ」を基に地名から歴史や文化などを探る。



 小規模な田圃(八幡耕地・竹村耕地・中屋敷耕地)は境川沿いに見られたが、大門・相沢・和泉・阿久和の各川沿いには細長い田圃の谷戸田(やとだ)のみで、長谷・平池・細谷戸・竹生谷(たけおやと)などの地名がその様子を伝えている。



 明治初期の地租改正により米納から金納に改正され、田圃の少ない畑作地帯の瀬谷、二ツ橋、宮沢の各村は近隣の和泉・俣野・深谷の村々とともに増税への不服運動を起こした。現在、徳善寺境内の「義民平本川口建功之碑」(写真)は、政府を相手に立ち上がった先人の功績をたたえ、明治25年に村人によって建立された。

 

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