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戸塚区・泉区

公開日:2026.02.26

戸塚区在住の奏者・栗原武啓 連載【3】 津軽三味線 フラメンコギター
西へ東へ二刀流

  • 西へ東へ二刀流 (写真1)

  • 西へ東へ二刀流 (写真2)

 今回は津軽三味線の歴史について紐解いてみたいと思います。

 津軽三味線と呼ばれるようになったのはずっと後になりますが、始めたのは秋元仁太郎という1857年生まれの盲目の青年です。8歳の時に天然痘にかかり、失明。失望する仁太郎に三味線を持たせたのは、舟渡をしていた父親でした。旅芸人を乗せる事が多く、ある時出会った瞽女(ごぜ)に三味線の手解きを頼みます。子供の頃から音感の良かった仁太郎はどんどん腕を上げていきますが、父親は船の事故で急死。母親も生まれた時に死んでしまっている仁太郎はついに天涯孤独になってしまいました。

 そんな仁太郎は三味線によりのめりこんでいきます。腕を上げなければ食べていけないからです。三味線と合わせて横笛、尺八なども出来る仁太郎は「8人芸」をすると村でも評判に。そして村々を演奏して歩く「門付け」になりました。人の集まる港や人の家の前などで勝手に演奏をして施しを受けることもあり、時には馬鹿にされたり、水をかけられたり、何も得られないのも日常茶飯事。でも辞めるわけにはいきません。他に出来る事がありませんから。

 津軽三味線の歴史は、苦難の人生を送る一青年からスタートしました。

連絡先:【携帯電話】080-6627-4957

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