戸塚区・泉区 コラム
公開日:2026.02.12
第122話 旅に必携ガイドブック〜弥次・喜多も持ち歩いた〜
とつか歴史探訪
江戸時代の中ごろから庶民の間でも旅行がブームになり、多くの人が伊勢参りはじめ神社仏閣参詣などの旅に出ました。当時の旅は徒歩が基本で、例えば江戸から京都へは最低でも半月はかかる大旅行です。何の予備知識もなく旅立つことはなかったでしょう。
こうした旅行者のために数多くの案内書が発行されていました。特に携帯に便利な各種道中記、『旅鏡』、『袖鏡』などと称する小型本が多くの人に利用されました。宿場間の距離や駕籠、馬の駄賃、宿場責任者である問屋の名前などの基本情報のほか、神社仏閣など名所旧跡、各地の謂れ、話題などが盛り込まれていて、旅人のニーズに応える実用的なものでした。
『旅鏡』の戸塚の項には「往古十人の盗賊をころし埋めて十塚を築きしより、十塚とも書くなり」と書かれており、他のいくつかの案内書にも同じ話が載せられています。現在では豪族冨属彦の墳墓「冨塚」(富塚古墳)が「トツカ」の名の起こりとするのが通説になっていますが、当時は「十塚」説も広く流布していたようです。
『東海道中膝栗毛』では、藤沢から駕籠に乗った弥次さんが、案内書を見ながら駕籠かきに「お前たちは藤沢か。問屋の太郎左衛門どのは達者か」と知ったかぶりする場面が出てきます。
カーナビなどなかった時代、地図として『新版東海道分間絵図』(元禄時代の『東海道分間絵図』を携帯用に小型化・再編集したもの)が広く使われました。
大ヒットした『東海道中膝栗毛』などとともに、これらのガイドブックは読み物としても人々の旅心を掻きたてたことでしょう。
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